三菱UFJ銀行の行員が貸金庫からお客さまの資産を窃取する事件について、頭取が記者会見。事案の発覚からその後の危機管理広報を評価する。実名を公表しないことの冷静さ。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

2024年12月16日、三菱UFJ銀行は、2020年4月から2024年10月の約4年半にわたって行員(当時)が貸金庫からお客さまの資産を窃取していたことについて頭取による記者会見を行いました。

11月22日に三菱UFJ銀行が「元行員の不祥事について」と題する第一報をリリースしてから、記者会見まで約3週間を要したことで、SNSでは「頭取による記者会見を行わないのか」「行員の名前は発表しないのか」など批判する声も出ていました。

そこで、今回は、事案の発覚からその後の危機管理広報について取り上げます。

事案発覚後の第一報の良かった点、足りなかった点

三菱UFJ銀行は、2024年10月31日に事案が発覚し、11月22日に第一報をリリースしました。

第一報の良かった点

第一報の冒頭では、ありきたりな謝罪の言葉ではなく、「本件は信頼・信用という弊行のビジネスの根幹を揺るがす事案であり、ご迷惑をおかけしたお客さまへのご対応と、弊行を信頼いただいている全てのお客さまのご不安払しょくを最優先に取り組んでまいります。」と、なぜ行員が貸金庫からお客さまの資産を窃取することが問題なのかを簡潔にまとめた謝罪の言葉を示しました。

このように、自分たちが置かれた状況を理解していることを伝えられる謝罪の言葉を用いると、その後の危機管理の方向を間違えないだろうとの安心感に繋がります。

今回のケースであれば、被害を受けたお客さまへの対応と、三菱UFJ銀行に対して不安を抱いたお客さまの不安の払拭を最優先に取り組もうとする姿勢が伝わります。

これは非常によく考えられた広報対応であるように思います。

SNSでの批判の声

しかし、今回は、この第一報のタイミングで頭取が記者会見をしなかったことについてSNSでは批判の声が挙がりました。

第一報が事案の概要をある程度記載したことで、多くのメディアが報じていたたために、世の中の人たち、特にSNSに投稿している人たちは、「既に事案の全容がわかっているはず」「頭取が会見しないのは逃げているから」「金融庁だけを見ているからだ」と誤解して(思い込んで)、批判をしていたように感じられました。

第一報では「弊行は、現在、事案の全容解明に向け、警察にも相談しながら、事実関係の調査を進めるとともに、監督官庁などに報告を行っております。」と、11月22日時点の状況まで説明しているのに、「刑事告訴はしないのか」「被害届を出さないのはなぜだ」とピント外れの批判をしている人たちも見られました。

第一報の足りなかった点

三菱UFJ銀行は、第一報の冒頭に調査中の部分もございますが、迅速にお客さまに情報をお伝えするためにも、現時点で判明している内容につき、以下ご報告いたします。と速報であることを強調する注書きをしたことから、第一報を出した11月22日の時点で、全容がある程度判明した時点で記者会見まで行うことを想定していたはずです。

また、そうした注書きをすれば、詳細が判明したら記者会見をすることくらい世の中の人たちもわかるだろうと期待していたはずです。

たしかに、こうした注書きによって、不祥事のリリースに慣れているメディア・記者の人たちは、「全容がある程度解明された段階で記者会見が行われる」「少なくとも続報がある」と理解していたと思います。

しかし、世の中の人たちは、不祥事のリリースには慣れていませんから、そうした行間の意味まで読み解くことができる人はほとんどいません。

三菱UFJ銀行が、リリース内に、上記の速報であることを強調する注書きに加えて、「全容がある程度解明された段階や初期対応が終了した段階で、詳細を説明するための(頭取による)記者会見を予定している」などと明記していれば、メディアもニュースや記事で「頭取による記者会見は全容がある程度判明してから行われる予定である」などと一言触れることもあったでしょう。

そうすれば、SNSでの「記者会見をしないのか」「逃げているのか」などの余計な批判は避けられたかもしれません。

リリースを出す際には、そのリリースをもとにメディアや記者がどう報じるかも考えながら文案を考えることをオススメします。

また、SNSが浸透した今日では、リリースの言い回しの行間を読めばわかるだろうと過度の期待を抱かずに、世の中の人たちが求めているだろう質問への答えは手を惜しまずにリリース内に明記し、世の中の人たちにキチンと伝わることを意識したほうがよいでしょう。

第二報・記者会見までに三菱UFJ銀行が行っていた危機管理の説明

なぜ、このタイミングなのかの説明

三菱UFJ銀行は、12月16日、頭取による記者会見にあわせて、「元行員の不祥事に関する対応状況等について」と題する第二報をリリースしました。

この第二報では、

お客さまの被害の確認が進捗し、被害が特定されたお客さまから補償を開始するに至ったこと、貸金庫をご利用のお客さまに今後も安心してご利用いただけるような対応策の実施の目途が立ったことから、事案の概要、お客さま対応状況、これまでの対応・経緯、発生原因と改善対応策の方向性等につきまして、別紙のとおりお知らせいたします

と、なぜ第一報から約3週間が経過したこの段階で第二報を出すのか、頭取による記者会見を行うことにしたのかが説明されています。

第二報でここまで丁寧に書けるなら、第一報でも記者会見の予告を書いておけばよかったのにと、非常に惜しく思います。

発覚後の三菱UFJ銀行による危機管理

第二報では、

  • 発生事案の概要(発覚日、行為者の役職・懲戒解雇済みであること、支店別の在籍期間・被害状況、方法(手口))
  • 今後の再発防止策
  • 12月16日までに既に行ったお客さま対応の内容(個別の連絡、補償の開始、全行調査の結果など)
  • 10月31日に事案が発覚した後の対応(警察・当局への報告・相談・後続対応、事案対策本部の設置など)
  • 発生原因と今後の改善対応策の方向性

をパワーポイントに整理して具体的に説明しています。

Wordで文章だけで書くよりもわかりやすい印象を与えます。

しかも、具体的な説明内容であることで、10月31日に事案が発覚してから12月16日までのわずか1か月あまりの短期間で、被害にあったお客さまには初期対応としての個別の連絡と貸金庫の状況確認作業が終わっていて、補償を開始するフェーズまで進んでいること、それ以外のお客さまによる貸金庫の状況確認作業が7割終わっていること、該当支店以外の全店舗における全行調査まで終わっていること、が容易に理解できました。

この結果、三菱UFJ銀行の危機管理が非常にスピーディに行われていることが伝わり、銀行としての信用・信頼の回復にも役立っています。

行員の実名公表について

「会社」が従業員の実名を公表する例はほとんどない

SNSでは、「元行員の実名を公表しないのか」との野次馬感覚での批判も見られます。

(元)従業員が逮捕・起訴された後に「警察」や「検察」が発表することや、(元)役員が不正・不祥事に関与した場合に「会社」が公表することはあります。

しかし、「会社」が(元)従業員の実名を公表するケースを私はほとんど見たことがありません(まったくないとは言わない)。

直近でも、野村證券のケースは、会社は元従業員の実名を公表していません。

実名公表と名誉毀損リスク

そもそも、従業員を懲戒処分にしたときに社内で実名を公表することについてすら名誉毀損訴訟に発展することがあります。

過去には、

  • 横領であることまでは示さずに懲戒解雇したことだけを社内報に記載したのに名誉毀損が争われた例(名誉毀損不成立・大阪地判1998年3月23日)
  • 降格処分したことだけを社内に掲示したことについて名誉毀損が争われた例(名誉毀損不成立・広島高判2001年5月23日)
  • 1日だけ社内に懲戒処分を掲示板に公示したことについて名誉毀損と争われた例(相当性がある=違法性阻却・東京地判2007年4月27日)

があります。

また、社外に実名を公表したときにはより一層名誉毀損訴訟になりやすく、

  • 学生にセクハラをした大学教授の懲戒解雇をマスコミに公表したことについて名誉毀損と争われ、名誉毀損行為であることを認めつつ、公共の利害・専ら公益目的・真実相当性があるとした例(京都地判2013年1月29日)

があります。

懲戒解雇の原因となったセクハラの事実もあわせて公表したことで、名誉毀損であることは認められつつも、大学教授という立場故に公共の利害、専ら公益目的・真実相当性が認められ、辛うじて賠償責任は免れました。

会社が実名を公表する影響

これらの過去の裁判例に照らすと、金融機関といえども、お客さまの資産を窃取した事実とともに、役員でもない元行員の実名を公表することは名誉毀損となり、免責もされない可能性がないわけではありません。

特に、今日では、実名を公表すれば、本人を特定して、本人の過去や家族の情報を根掘り葉掘り探ってネットで晒し者にし、事件と関係のないことでおもちゃにすること(ネットリンチ)は容易に想像ができます。

また、メディアは本人を特定して、自宅やその周辺、実家を含む家族のもとに押しかけ、プライベートも追いかけるでしょう(メディアスクラム)

それほどのリスクを招いてまで三菱UFJ銀行が元行員の実名を公表する実益もありません。

三菱UFJ銀行が元行員の実名を公表しないことは、何も不思議なことではありませんし、むしろ、冷静で適切な対応です。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。

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