積水ハウス地面師詐欺事件にて、地面師グループに10億円の損害賠償の支払いを命じる判決。積水ハウス株主代表訴訟事件判決と「信頼の原則」を振り返る。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

2017年に東京都品川区JR五反田駅近くの不動産の売買を巡って積水ハウスが地面師グループによって55億5900万円の詐欺の被害にあった事件(以下「積水ハウス地面師詐欺事件」といいます。)に関し、2024年11月27日、東京地裁は、地面師グループの首謀者5人に10億円の損害賠償の支払いを命じる判決を言い渡しました。

Netflixでドラマ化された小説「地面師たち」の元ネタになった事件です。

地面師グループのうち争わなかった5人には2021年に10億円の支払いを命じる判決が確定しています。また、首謀者は詐欺罪等により懲役10年の実刑判決に服しています。

この事件は、詐欺の被害にあった積水ハウスの代表取締役(当時)と経理財務部門の最高責任者であった取締役(当時)が、株主から55億5900万円について代表訴訟で訴えられたこともあり、経営判断原則の観点からも注目されました。

今回は、2022年に言い渡された代表訴訟の判決を振り返ります。

積水ハウス地面師詐欺事件とは

積水ハウス地面師詐欺事件は、一言でまとめると、2017年に東京都品川区JR五反田駅近くの不動産の売買を巡って積水ハウスが地面師グループによって55億5900万円の詐欺の被害にあった事件です。

株主代表訴訟事件一審判決(大阪地判2022年5月20日)は、以下のようにまとめています。

本件は、大手ハウスメーカーである補助参加人(※積水ハウス)が、真の所有者からIKUTA HOLDINGS株式会社(イクタ社)が後記の本件各不動産(※JR五反田駅から徒歩4分にある土地・建物で、旅館「海喜館」として使用されていた)を買い受けたことを前提に、同社との間で本件各不動産を代金70億円で買い受ける旨の契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し、平成29年(2017年)4月24日、同社に手付金として14億円を支払い、更に同年6月1日、同社に対して残代金として約49億円を支払ったが、実際には本件各不動産の真の所有者はイクタ社に本件各不動産を譲渡しておらず、本件売買契約に係る取引は詐欺グループが仕組んだ架空の取引であった

なお、2017年6月1日に支払われた残代金約49億円は、7月31日に予定されていた残代金の決済日を、本件各建物の収去費用7億円を留保した上で約2か月繰り上げて6月1日に前倒しで決済することを、代表取締役が了承したものでした。

また、残代金約49億円は小分けにされた預金小切手により支払われました。

積水ハウス株主代表訴訟事件判決(一審;大阪地判2022年5月20日、控訴審;大阪高判2022年12月8日)

積水ハウスの株主は、

  • 詐欺事件当時の代表取締役については、不動産の購入に関する稟議書の決裁と残代金決裁の前倒しを了承したことに経営判断の誤りがある(善管注意義務違反、任務懈怠)
  • 経理財務部門の最高責任者であった取締役については、稟議書の事後決裁と預金小切手の使用許諾をしたことに経営判断の誤りがある(善管注意義務違反、任務懈怠)

などと主張して、代表訴訟を提起しました。

これに対し、一審判決は、以下の規範に基づいて事実をあてはめ、代表取締役と経理財務部門の最高責任者であった取締役のいずれの善管注意義務違反(任務懈怠)を否定し、株主の請求を棄却しました。

取締役による決裁を経て不動産を購入するに至ったが、それによって当該会社に損害が生じた場合、かかる意思決定に関与した取締役が当該会社に対して善管注意義務違反ないし忠実義務違反による責任を負うか否かについては、取締役に求められる上記の判断が、当該会社の経営状態や当該不動産の購入によって得られる利益等の種々の事情に基づく経営判断であることからすれば、取締役による当時の判断が取締役に委ねられた裁量の範囲に止まるものである限り、結果として会社に損害が生じたとしても、当該取締役が上記の責任を負うことはないと解され、当該取締役の地位や担当職務等を踏まえ、当該判断の前提となった事実等の認識ないし評価に至る過程が合理的なものである場合には、かかる事実等による判断の推論過程及び内容が著しく不合理なものでない限り、当該取締役が善管注意義務違反ないし忠実義務違反による責任を負うことはないというべきである。

(中略)

当該会社が大規模で分業された組織形態となっている場合には、当該取締役の地位及び担当職務、その有する知識及び経験、当該案件との関わりの程度や当該案件に関して認識していた事情等を踏まえ、下部組織から提供された事実関係やその分析及び検討の結果に依拠して判断することに躊躇を覚えさせるような特段の事情のない限り、当該取締役が上記の事実等に基づいて判断したときは、その判断の前提となった事実等の認識ないし評価に至る過程は合理的なものということができる。

前半は「経営判断の原則」で、後半は「信頼の原則」について言及したものです。

控訴審判決も、この内容を踏襲しています。

「信頼の原則」のポイント

「信頼の原則」の内容を噛み砕くと、大規模で分業された組織形態の会社である場合には、取締役が自ら経営判断の対象となる案件の事実関係を確認・分析・検討等するわけではないので、下部組織、要するに部下が取締役に提供した事実関係、分析・検討等した結果を取締役が見て、その知識や経験に照らして躊躇を覚えるような特段の事情がない限りは、部下を信頼して経営判断することは、合理的な経営判断であり善管注意義務に違反しない、と整理できます。

ポイントは、部下が提供した事実関係、分析・検討等した結果を取締役が見て、知識や経験に照らして「躊躇を覚える」場合、例えば、事実関係として記載されている内容や分析・検討等した結果に違和感を覚える場合や、事実関係の調査・確認が不足しているのではないか、分析・検討等した結果が的外れではないかと疑問に思った場合には、取締役が部下の事実関係、分析・検討等した結果を信頼して経営判断することは合理的ではなく善管注意義務に違反するおそれがある、ということです。

要は、取締役は、躊躇を覚えた場合には、部下に事実関係の調査・確認、分析・検討等をやり直しさせない限り、その内容を信頼して経営判断することは許されないということです。

部下がいい加減な事実関係の調査・確認、分析・検討等をすることができなくなるという意味では、取締役による部下へのガバナンスを効かせられることにもなります。

裁判所が指摘した事実を見て危機管理の観点から思うこと

積水ハウス株主代表訴訟事件判決の一審判決、控訴審判決では、以下の事実を指摘して、信頼の原則に関する特段の事情の有無を判断し、かつ、経営判断原則に照らして、代表取締役らの「判断の推論過程及び内容」は不合理ではなく取締役として与えられている経営判断の裁量を逸脱していない、と判断しました。

  • 稟議書の内容やマンション事業本部長の説明内容等からは、イクタ社を通じて本件各不動産を購入する偽P9(※不動産登記簿に所有者として記載されていた者)が真実は本件各不動産の所有者ではなかったという事情は一切うかがわれない
  • 本件各不動産の購入に要する費用は、イクタ社に支払う売買代金だけで70億円を要するものであったが、当時の積水ハウスの規模や売上高等に鑑みれば、購入につき特に問題となる金額ではなく、また、本件各不動産はJR五反田駅から徒歩約4分の距離に位置するマンションの建設が可能な約600坪のまとまった土地で、頻繁に市場に現れるような土地ではなく、稟議書からは採算性についても特段の問題はなかった
  • 代表取締役には、「五反田土地の件」とする社内の説明資料によって、旅券の原本確認や公証人による本人認証証書の原本確認等のほか司法書士による確認も含めて十分な本人確認が行われていたことを示す情報ももたらされていたこと、マンション事業本部長に対して地主に直接会うよう指示し、弁護士とも対応を相談するように指示した結果としても、偽P9が本件各不動産の所有者本人である本人性に疑義があるとの情報はもたらされなかったこと、むしろ、通知書(※各不動産の真の所有者からの内容証明郵便)による情報が、偽P9の本人性に疑義があることを示すものではなく、積水ハウスによる本件各不動産の取得を妨げようとする妨害工作である可能性が高いことを示す検討結果が示されていたこと、さらに、マンション事業本部長からは、残代金の決済の前倒しについて弁護士や法務部はいずれも了解していると聞き、代表取締役が法務部長に直接尋ねても法務部長は残代金決済前倒しにつき問題はないとの回答をしていた
  • 代表取締役は、平成29年(2017年)4月18日の現地視察の際には、マンション事業本部長から、本件各不動産が長期間売りに出なかった物件であったが、特定の個人であれば売ってもよいとの話が積水ハウスにあった旨聞かされ、マンション事業本部長に対し、本件各不動産の所有者に本当に売る意思があるかについて、東京マンション事業部に任せるだけでなく、マンション事業本部長自身が中間業者と本件各不動産の所有者に会って意思確認をするよう指示したり、本件売買契約締結後の同年5月12日には、マンション事業本部長から、電話で、本件各不動産の所有者本人と称する者から売買をしていない旨の通知書が届いたことや本件取引について妨害工作があるなどと聞かされ、リスクを排除するため法務部に関与させたほうがよいと考え、マンション事業本部長に対し、法務部長に連絡を取るよう指示したり、法務部長に対し、東京マンション事業部の依頼した弁護士と相談して対応するように指示したりしているものである。そして、現に、マンション事業本部や東京マンション事業部においては、複数回にわたって偽本人と直接面談したり、売主の本人確認書類の提示を求めたりするなどして、司法書士による確認を含めて、本人確認の措置を講じているところである(本件各不動産の所有者の本人確認が公証人の本件認証によってもされていた。)。

経営判断に関する法的責任は上記の事実に照らしてないと言っていいかもしれませんが、とはいえ、危機管理の観点からは、各不動産の真の所有者からの内容証明郵便が何度も送付されている状況下であれば、それを妨害工作と捉えるのではなく、「もしかしたら、相対しているP9を本当や所有者ではないのではないか、詐欺なのではないか」と疑い、警戒心を抱いて、内容証明郵便の発信元に会いに行き本人確認や権利証の確認を行うなど、代金の決済をいったん立ち止まる選択肢もあってもよかったのではないかという気がします。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。

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