兵庫県知事選で斎藤知事の広報全般を引き受けたとPR会社merchuの代表がSNSに投稿した内容が公職選挙法違反の疑いに発展。自社の取引実績を対外的にアピールすることと守秘義務の関係について。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

2024年11月17日に投開票が行われた兵庫県知事選を巡って、PR会社merchuの代表取締役がnoteに「兵庫県知事選における戦略的広報」と題し、運用戦略立案、アカウントの立ち上げ、プロフィール作成、コンテンツ企画、文章フォーマット設計、情報選定、校正・推敲フローの確立、ファクトチェック体制の強化、プライバシーへの配慮などのPR戦略を明らかにする投稿をしました。

投稿当初の全文は、こちらに魚拓として残されています。

これをきっかけに、本日(2024年11月25日)現在、公職選挙法違反の疑いが問われる事態に発展してしまいました。

今回は、公職選挙法違反云々ではなく(まったく専門外なので)、事業会社として取引実績をどこまで対外的にアピールしてよいのか、守秘義務との関係で内容をどこまで明らかにしてよいのか、です。

事業・取引実績のアピールと守秘義務の関係

多くの会社で、自社が関与した取引の実績・事業の内容を対外的にアピールする広報を行っています。

会社のパンフレットや自社サイトに取引実績として掲載している会社は少なくないと思います。

自社が関与した取引の実績、ノウハウを持っている事業をアピール、宣伝することで、「この会社はこういう仕事をやっている会社だったのか」「この会社はこれくらいの事業が出来るくらい信頼できる会社なのか」と思ってもらい、次の仕事に繋げるため、と理解できます。

しかし、自社が関与した取引の実績・事業の内容を対外的にアピールするときに考慮したいのは、

  • 取引の実績・事業の内容を公開することで、取引先・お客さまの信頼を失うことにならないか
  • 取引の実績・事業の内容を公開することで、取引先・お客さまとの守秘義務に違反しないか

です。

取引先・お客さまとの信頼

取引先・お客さまの中には、「どこの会社に、何の取引をしたかを公開して欲しくない」と思っている会社が少なくありません。

多くの会社は明言しなくても、心の奥底で思っていたりします。

それにもかかわらず、自社のアピールをすることだけを考えて取引実績、事業の内容を公開すると、「秘密にしてくれると思って信頼していたのにな」「ペラペラしゃべる会社だったのか」「勝手にわが社の名前を出してほしくなかった」と取引先・お客さまからの信頼を失うことに繋がります。

少なくとも、取引先・お客さまに「自社の取引実績としてアピールしたいのだけれど問題ないか」などと確認して、取引先・お客さまが快諾してくれたときにのみ、アピール材料として使用することが考えた方がよいと思います。

取引先・お客さまが承諾はしたけれど、あまり良い顔をしていないときには、「本音では公開されたくないのだろう。もしかしたら信頼を失うかもしれない」と判断して、アピール材料として使うのは止めるべきでしょう。

せめて、取引先・お客さまの実名を挙げるを避けてイニシャルにする、取引・事業が特定されないように抽象化するなどの配慮をすべきではないでしょうか。

特に個人のお客さまの場合には、個人情報保護法も視野に入れる必要があります。

これは法律的にどうこうではなく、あくまで危機管理の観点です。

取引先・お客さまとの守秘義務

法律的な観点で言えば、守秘義務との関係を無視することはできません。

取引先・お客さまとの間で契約書を結んでいる場合、ほとんどのケースで、「取引によって知った情報、知り得た情報等については、相手方の承諾なしに、目的外で利用しない、第三者に開示しない」など、多少の表現の違いはあれど、守秘義務条項が定められているはずです。

この守秘義務の対象をどこまで広く考えるかですが、契約によっては、取引の存在自体を守秘義務の対象となる秘密にしていることもあります。

この場合には、「この会社と取引をした」「こういう事業に関与した」という取引実績・事業内容をアピールすることさえ許されません

時には、その取引の存在自体が、国家プロジェクト並みの機密である場合や産業スパイに狙われている可能性があります。

他方で、取引の存在そのものは守秘義務の対象ではない場合には、取引実績、事業内容をアピールすることは、アピールの内容に秘密となる情報が含まれていない限りは、法律上は守秘義務違反にはなりません。

弁護士の守秘義務

弁護士は法律上守秘義務を負っています(弁護士法23条、弁護士職務規程23条)。

弁護士の守秘義務の対象となる「秘密」は、主観的秘密(職務上知り得た秘密であって,一般に知られていない事実であり,本人が特に秘匿しておきたいと考える性質の事項)と、客観的秘密(一般人の立場からみて秘匿しておきたいと考える事項)の双方を指す、と考えられています。

刑事事件の場合には、一般に被疑者の過去の犯罪・非行、反倫理的行為、病気、けが、身分、親族関係、財産関係、住居等のプライバシーに関わる事項等被疑者が第三者に知られたくないと思われる内容の事項はすべて含まれる、と解されています。

よくメディアで「この事件を担当した」などと紹介されている弁護士を見かけますが、守秘義務の観点と依頼者との信頼関係の両方の点でどうなのかな、と不思議に思っています。

私は友人から「仕事に絡む話しをしないで、いつも、高校野球、陸上(駅伝)、ラグビー、ボディビルの話しかしない」と呆れられていますが、すべては守秘義務のためです。

守秘義務を守るための社内体制

閑話休題。

大きな会社では、例えば、技術・開発の現場では取引の存在自体が当然に守秘義務の対象だと思っているのに、営業や広報の担当は守秘義務が定められていることさえ知らず、また守秘義務の範囲を確認しないままに「今回のプロジェクトにうちの会社が関与しているのです」などとピーアールに使ってしまうなんていうことも、容易に想像できます。

これは、守秘義務の存在や対象となる範囲が社内で共有されていなかったことによる情報漏えいです。

また、営業が「この取引先は信頼を勝ち取ってようやく仕事を依頼してくれた」と信頼関係を大事にしたいと思っているのに、「うちの会社はこの会社と取引をしています」などとアピールしてしまうなんてことも同じように想像できます。

こちらは、信頼関係が大事な取引先・お客さまであることが社内で共有されていなかったことによる情報発信です(漏えいとまではいえない)。

いずれのパターンでも大事なのは、社外に何らかの形でも情報を発信する前には、取引先・お客さまと相対している現場の担当者に、取引実績・事業内容をピーアールに使って良いかを確認する社内プロセスを経ることです。

時には現場の担当者から取引先・お客さまに確認しなければ先に進めないこともあるはずです。

面倒な一手間かもしれませんが、取引先・お客さまからの信頼を維持するため、守秘義務を守るための両方の観点から大切なプロセスであることを理解してください。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。

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