こんにちは。弁護士の浅見隆行です。
2024年10月25日、公正取引委員会は、VTuber動画の作成、配信をするカバーが、動画等に用いるイラスト、動画用2Dモデル又は動画用3Dモデル等情報成果物の作成を委託している下請事業者に対し、不当な給付内容の変更及び不当なやり直しをさせていたこと、下請代金の支払いを遅延していたことを理由に、下請法に基づく勧告しました。
下請法違反と認められた行為の概要は、次のとおりです。
- カバーは、2022年4月から2023年12月までの間、下請事業者に対し、下請事業者の給付を受領した後に、発注書等で示された仕様等からは作業が必要であることが分からないやり直しを無償でさせていた(下請事業者23名に対し、合計243回)。
- カバーは、下請事業者に対し、2022年7月から2024年2月までの間、下請事業者の給付を受領しているにもかかわらず、あらかじめ定められた支払期日までに下請代金を支払っていなかった(当該支払遅延による遅延利息の額は、下請事業者29名に対し、総額115万2642円)。なお、カバーは、2024年9月17日までに、支払遅延による遅延利息の額を支払っている。
今回は、不当な給付内容の変更及び不当なやり直しと、下請代金の支払いの遅延の2点に分けて、実務でよくある誤解について解説します。
不当な給付内容の変更・不当なやり直しと検査期間
検査期間経過後のやり直し
公正取引委員会の公表資料では、今回の不当な給付内容の変更及び不当なやり直しの例として以下のものが挙げられています。
発注書等で示された仕様等からは作業が必要であることが分からないやり直しを無償で7回させていた。
当該7回のやり直しのうちの3回は、検査期間を納入後7営業日以内としていたにもかかわらず、当該期間を経過した後にさせたものであった。
当該3回のやり直しのうちの2回は、本発注により作成された動画用2Dモデルを利用するVTuberが修正を希望していることを理由として、カバーが当該事業者に「制作完了」したとの通知を行った令和4年7月11日よりも後にやり直しをさせたものであった。
例示されたケースで着目すべき点は、「検査期間を納入後7営業日以内としていたにもかかわらず、当該期間を経過した後にさせた」「『制作完了』したとの通知を行った後にやり直しをさせた」ことです。
下請法が適用される取引においては、親事業者は「3条書面」と呼ばれる書面(下請法3条が要求する必要的記載事項を充たした書面)を交付する義務があります。
この3条書面の中には「検査期間(検査を完了する期日)」を記載します。
そのため、「検査期間を経過した後にさせた」「制作完了通知を行った後にやり直しをさせた」ことは、いずれも親事業者であるカバーが下請事業者に交付した3条書面に記載されている内容に違反する行為と言えます。
そのため、「不当」なのです。
これは下請法が適用される取引では親事業者が気をつけなければいけない点です。
特に、3条書面として社内で使用している契約書のひな型にあらかじめ検査期間として記載されている日数を、実際の契約にあてはめると現実離れしている場合(例えば、ひな型には検査期間が「給付の日から1週間」や「5営業日以内」として記載されているが、実際には1週間や5営業日では検査の期間として到底足りない場合)に、現実に即して、3条書面に記載されている検査期間を経過後(例えば給付を受領してから10日後)にやり直しを求めると、不当な給付内容の変更・不当なやり直しになってしまいます。
3条書面として使用している契約書のひな型が現実離れしている場合、契約書のひな型を修正しておく必要があります。
制作完了通知とやり直し
他方で、上記の「制作完了通知を行った後にやり直しをさせた」部分だけを見ると、制作完了の通知を遅らせれば、その間に下請事業者にやり直しをさせられそうにも読めてしまいます。
しかし、今回の公表資料では、完了通知のタイミングに関して、以下の例も挙げられています。
当該3回のやり直しのうちの2回は、検査期間を納入後5日以内としていたにもかかわらず、当該期間を経過した後にさせたものであり、本発注において、カバーが当該事業者に「納品」が完了したとの通知を行ったのは、本発注の給付の受領日である令和5年2月8日から230日経過した同年9月26日であった。
上記引用部分を見ると、親事業者であるカバーは下請事業者に検査期間経過後にやり直しを求め、やり直しを合格してから「納品」が完了したと通知したことが読み取れます。
これも「不当」な給付内容の変更・「不当」なやり直し、です。
検査期間を3条書面に記載してあれば、当該期間中に下請事業者の責に帰すべき事由によりやり直しを求める以外には、当該期間を経過すれば「納品」が完了したことになります。
ここも現場ではよく見られるケースです。
難癖をつけて、3条書面記載の検査期間を経過しても合格や検収完了の通知を出さない親事業者は少なくありません。
下請法が適用される取引では、それ自体が違法となることに注意してください。
検収完了と下請代金支払いのタイミング
カバーは下請代金の支払い遅延についても勧告の対象となっています。
公正取引委員会の公表資料に例示された取引では、以下の2つが注目すべきものです。
カバーが当該事業者に「社内、タレント共に全ての確認が完了」したとの通知を行ったのは、本発注の給付の受領日である令和4年11月21日から277日経過した令和5年8月25日であった。
本発注の下請代金が支払われたのは、給付の受領日である令和4年11月21日から312日経過した令和5年9月28日であった。
本発注において、カバーが当該事業者に「納品」が完了したとの通知を行ったのは、本発注の給付の受領日である令和5年2月8日から230日経過した同年9月26日であった。
カバーは、令和5年4月頃には、本発注により作成された動画用2Dモデルを用いて動画配信を行っていたが、本発注の下請代金が支払われたのは、給付の受領日である同年2月8日から266日経過した同年10月31日であった。
1つめの事例では、親事業者であるカバーは、下請事業者から2022年11月21日に給付を受領して、2023年8月25日に「完了」の通知を発した後、9月28日に下請代金を支払っています。
2つめの事例では、親事業者であるカバーは、下請事業者から2023年2月8日に給付を受領して、9月26日に「完了」の通知を発した後、10月31日に下請代金を支払っています。
両事例を見ると、親事業者であるカバーは、「完了」の通知をしたから下請代金を支払っています。
おそらく、「完了」の通知をするまでは下請代金を支払わなくていいと理解していたであろうことが読み取れます。
これが間違いです。
下請法が適用される取引では、親事業者は下請事業者から給付の受領を受けた日から60日以内に下請代金を下請代金を支払う義務を負っています。
この60日は、検査の完了云々とは分けて考える必要があります。
たとえ3条書面に検査期間として60日を超える日数を定め、親事業者が給付を受領した日から60日が経過しても検査が完了していなかったとしても、下請代金は支払わなければなりません。
現場ではよくある誤解なので、理解を正すように社内に促して下さい。