朝日出版社の創業家遺族が株式を譲渡した後に取締役全員解任し資産売却へ。労働組合が声明。今後どうなるかの雑感と、監査役はどう動くかへの興味。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

2024年10月22日、朝日新聞が「朝日出版社「経営陣全員クビ」の大混乱 M&Aで創業者遺族と対立」との記事を配信しました。

朝日新聞は有料記事なので、Yahoo!ニュースに配信された記事をリンクします。

朝日出版社は、我々世代には、宮沢りえのサンタフェの写真集を発刊した出版社と言えばピンと来るかもしれません。

なお、朝日出版社と朝日新聞とに資本関係はなく、朝日新聞のグループ会社ではありません。

朝日出版社で何が起きているか

詳細は不明ですが、朝日新聞の報道内容と朝日出版社労働組合が出しているnoteを整理すると、事案の概要は次のとおりです。

  • 朝日出版社は1962年に設立され、創業者が100%の株主を保有していた。
  • 2023年4月に創業者が死亡し、遺族(妻と娘)が株式を相続した。
  • 2024年5月、合同会社X社が、遺族から朝日出版社の株式を4億6600万円で買い付ける意向を表明したところ、これに対し、当時の経営陣は「安すぎる」と反発した。
    • 相続した当時、当時の経営陣が自社株買いを検討した際に、同社が不動産を保有していることから株式は10億円と評価されていた。
  • 2024年8月、取引先の印刷会社が、遺族から株式を7億円で買い付ける意向を表明した。
  • 2024年8月末、遺族は、X社に8億円超で株式を譲渡した。
    • 当時の取締役は全員、株式譲渡に反対した。
    • 朝日出版社は株式譲渡には「株主総会」の承認を必要とする閉鎖会社(※朝日出版社の商業登記簿で確認済み)
    • 労働協約には「組合員の労働条件に重大な影響を及ぼす事項について、事前に時間的余裕をもって当組合に通知し、協議の上、同意を得て実施すること」と定め、株式譲渡について「時間的余裕をもって組合に通知、同意を得て実施すること」を定めている
  • 2024年8月頃から、遺族のファイナンシャルアドバイザーから、朝日出版社が保有する遺族宅を妻が1億円で買い取る提案。当時の経営陣が妻との面談を求めたところ、これが拒否された。
  • 2024年9月11日、株式譲渡契約、不動産(土地)の売買契約の協議中に、取締役6人全員(当時)を解任。遺族2人を含む3人が取締役に新たに就任し、代表取締役も交代した。
    • 会社の実印(法務局に登録してある印鑑)も変更。
    • 監査役は従前のまま。(※朝日出版社の商業登記簿で確認済み)
  • 2024年10月16日、労働組合のストライキ権が確立。

今は何が争点になっているか?

株式譲渡は有効

報道内容と組合のnoteを見る限り、現時点で問題(争点)にしようとしているのは、「株式譲渡の効力」のようにも読めます。

しかし、たとえ、株式譲渡について「組合に通知、同意を得て実施する」と労働協定に定めていたとしても、会社法的には、この労働協約の存在によって株式譲渡の有効性には影響しません。

会社法が株式譲渡の承認機関としては株主総会と取締役会しか認めていないからです。

従業員持ち株制度の場合には株主である従業員と会社との契約によって譲渡を制限することを合意しますが、朝日出版社の場合、労働組合は株式を保有する当事者ではないので、労働協約に定めたとしても組合員ではない遺族を拘束することはできません。

結局のところ、朝日出版社では株主総会で承認されれば株式譲渡が認められることになっているので、同社の株式100%を保有する遺族が承継人として株主としての議決権を行使して承認すれば、遺族からX社への株式譲渡は有効です

取締役6人の解任

そうすると、8月中にX社に株式が移転しているので、9月11日に当時の取締役6人を解任することができるのは遺族ではなくX社になるはずです。

労働組合のnoteによると、9月11日に株式譲渡契約や不動産売買契約の協議中に取締役全員が解任され、遺族2人を含む3人が取締役に新任されたということです。

これは新たな株主になったX社が取締役6人を解任したと理解すればよいのでしょうか。

X社が解任したとするなら、X社の取締役会での決議(あるいは取締役間の合意)はあったのでしょうか。

それとも、9月11日の時点で株式譲渡契約について協議していたということは、8月末の株式譲渡の承認の効力は9月11日時点ではまだ生じておらず、遺族が株主のままで遺族が解任したということなのでしょうか。

報道やnoteの内容だけでは株式譲渡の効力発生時期と解任の主体(誰が解任を決議したのか)が不明なので、如何様にも理解できます。

※2024年10月30日追記

解任された取締役6人は、2024年10月29日、解任決議をした株主総会決議不存在確認の訴えを提起したようです。

今後どうなっていくのか?どうしたらいいか?

別会社を作ったら・・

解任された取締役6人や労働組合を含む従業員が不満を持っているなら、全員で会社を辞めて、別会社を設立すればいいのではないかという気がします。

解任された取締役は会社法上の競業避止義務はなくなりました。

そうだとすれば、元取締役と従業員は、退職時に、退職後の競業避止義務に関する合意をしない限り、原則として競業避止義務を負いません。

もちろん、元取締役は退任後も守秘義務を負い続けますし、従業員も不正競争防止法上の「営業秘密」に関する規制には服します。

それでも、全員で別会社を設立し 1 から事業を立ち上げていくことが、もっとも合理的でスムーズなのではないでしょうか。

これまでの朝日出版社の取引先や朝日出版社の出版物を購入していたファンが、「朝日出版社」という屋号と取引しているのではなく、「朝日出版社」の中の人たちを信用・信頼して取引していたのであれば、別会社にも着いてきてくれるかもしれません。

X社からの株式取得を試みる

別会社を立ち上げることが不安なら、元取締役と従業員がX社から株式を取得することです。

金融機関から株式を取得するための資金を調達して(当然資金を調達するために金融機関を説得する材料は必要だと思います)、それでX社から買えばいいのです。

当然ながらX社は利益を出すために、遺族から株式を購入したときよりも高値を提示してくるかもしれません。

しかし、元取締役と従業員が「朝日出版社」を大事と思うなら、それくらいしてもいいのではないしょうか。

両案のMIX

さらには、両方の案をMIXして、元取締役と従業員全員が一度会社を辞めて別会社を設立し、既存の「朝日出版社」の企業価値を下げてから、X社から朝日出版社の株式を取得することも考えられます。

この場合には、朝日出版社の株式の価値は、朝日出版社が持っている不動産の価値プラスアルファくらいに抑えられるかもしれません。

監査役はどう動くか?差止請求権を行使しないのか?

今回のケースでは、朝日出版社の監査役はそのままです。

監査役の立場からすれば、新任した遺族2人を含む3人の取締役が朝日出版社の企業価値を下げるような不動産売却を行おうとしているのであれば、違法行為を理由に差し止めることがあっても違和感はありません。

また、朝日出版社の不動産を取締役である遺族に売却するのであれば利益相反取引にもなるので、適正な価格や然るべき手続きを経た売却でなければ、監査役はむしろ差し止めるべきです。

春日電機事件(東京地決2008年11月26日)

監査役による差止が話題になったケースとしては、春日電機事件があります。

春日電機事件は臨時株主総会の開催禁止仮処分事件(東京地決2008年12月3日)が知られていますが、今回紹介するのは、これと同趣旨の事案です。

事案は、次のとおりです。

  • Yは2008年6月、春日電機の代表取締役に就任した。
  • Yは春日電機の株主であるアインステラ社の創業者兼筆頭株主兼取締役会長で、2008年9月時点で、アインステラ社とYとで春日電機の株式を約40%保有していた。
  • Yは春日電機の代表取締役就任直後から、春日電機からアインステラに対し、2008年8月12日までに、3000万円、3000万円、1億円、2億円、2.5億円を貸し付けた。 
  • このうち、2億円と2.5億円は春日電機の取締役会での承認決議はなく、Yが議長の立場で独自に金銭消費貸借契約書を作成した。合計4.5億円のうち1.7億円は返済されたが、残る2.8億円の貸付について約定の2008年9月30日までに返済されず、10月16日にアインステラから返済期限を12月末日に猶予するよう申し入れがあった。一部の取締役は反対した。
  • 春日電機は、2008年10月31日、ソフィアモバイルから、商品納入代金として1億5000万円を請求された。しかし、納品された事実はなかった。また、ソフィアモバイルから提出された春日電機の受領書に押印している人物は春日電機には存在しなかった。なお、春日電機では、3000万円を超える仕入れは取締役会決議事項であるにもかかわらず取締役会決議がなかった。 
  • 監査役が、アインステラに対する返済期限の猶予、ソフィアモバイルに対する支払い(財産の譲渡)は違法であるとして、代表取締役Yの行為の差止めを求めた。 

そうしたところ、裁判所は、

(返済期限の猶予について)「会社(※春日電機)に何ら利益のない行為であるから、経営判断上合理的でないことは明らかであって、忠実義務に反する違法な行為である」

(支払いについて)「Yがソフィアモバイル社に対しどのような対応をとるかは不明であるが、春日電機としては契約の無効または同時履行の抗弁権等の主張により,同社からの請求に対しては支払を拒絶する手段が残されている」「春日電機の利益を具体的に検討することなく、同社代表者としてソフィアモバイル社からの請求に対して何らかの財産を同社に譲渡することは、善管注意義務ないし忠実義務に違反する違法な行為であることは明らか」

と判断して、差止を認めました。

朝日出版社の場合

春日電機事件を朝日出版社のケースにあてはめてみると、朝日出版社が保有する不動産を売却するが朝日出版社の利益にどう繋がるか、売却する判断の合理性などを具体的に検討する必要があり、その検討をしないで売却するのであれば、取締役の善管注意義務違反(忠実義務違反)と評価される可能性があります。

監査役は、新任取締役3人がそうした具体的な検討をしているのか、さらには、取締役である遺族への売却に合理性があるのか(そこまでして利益相反取引を行う必要があるのか)を監督し、必要に応じて、差し止めることも考えてもよいかもしれません。

もっとも差し止めようとすれば、その時点で監査役を解任されるかもしれませんが・・。

今後の展開がどうなるかを意識的に観察したいと思います。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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