JICA職員が、フィリピンの都市鉄道を改修するODA事業の調達手続きに関する見積もり額、仕様書等を都内のコンサルティング会社に漏えい。官製談合にはならないが、官製談合の構図に近い。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

2024年10月14日、読売新聞が、

政府開発援助(ODA)によるフィリピンの鉄道改修事業を巡り、国際協力機構(JICA)職員が、業務の見積額など秘密情報を東京都内の建設コンサルティング会社に漏えいした疑いのあることがわかった。

などと報じました。

なお、JICAは、7月8日に「調達手続に関する秘密情報を漏洩したことは、独立行政法人国際協力機構職員就業規則に違反する」として、停職1か月の懲戒処分にしたことを公表しています。

JICAの職員は国際協力機構法によって秘密保持義務を課されているみなし公務員で、秘密保持義務に違反した場合には1年以下の懲役または30万円以下の刑事罰の対象です。

このケースは表面上は秘密保持義務に違反した情報漏えいで間違いありませんが、その実質は、入札に関わる情報を漏えいしている点で入札談合等関与行為(官製談合)に限りなく近い、とも思えます。

JICA職員による情報漏えいの全容

読売新聞の報道をまとめると、JICA職員による情報漏えいの全容は次のとおりです。

  • フィリピン政府はマニラ首都圏鉄道を改修する工事の施工監理業務についての入札を計画
  • 2018年5月、JICA職員は都内のコンサルティング会社に、フィリピン運輸省が作成した業務仕様書をメールで送付するなど頻繁にやり取り。その後も見積もり額などを漏えい。
  • 2018年11月、JICAはフィリピン政府とODA事業の約381億円の円借款契約を締結
  • JICAは現地調査の上見積もり額を算出し、フィリピン政府はこれをもとに入札予定価格を設定し都内のコンサルティング会社ほか日本企業6社に入札を案内
  • 2019年6月、コンサル会社と別の1社などのJVが単独応札して約17億円で落札。残りの4社は入札に参加しなかった。

報道ではJICAが見積もり額を算出し、フィリピン政府がその見積もり額をもとに入札予定価格を設定したタイミングがわからないのですが、大まかな内容はこんな感じです。

円借款契約を締結する前から情報漏えいをしていたということなのでしょうか??

入札談合等関与行為(官製談合)にはならない?

入札の主体が違うので入札談合にはならない

官製談合防止法は、「入札談合」を「国、地方公共団体又は特定法人(以下「国等」という。)が入札、競り売りその他競争により相手方を選定する方法(以下「入札等」という。)により行う売買、貸借、請負その他の契約の締結に関し、当該入札に参加しようとする事業者が他の事業者と共同して落札すべき者若しくは落札すべき価格を決定し、又は事業者団体が当該入札に参加しようとする事業者に当該行為を行わせること等により、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(昭和二十二年法律第五十四号)第三条又は第八条第一号の規定に違反する行為」と定義しています(2条4項)。

対象となる取引は「国、地方公共団体又は特定法人」が主体となる入札です。

今回の入札はフィリピン政府が行うものであって日本政府やJICAが行うわけではないので、JICA職員が、フィリピン運輸省が作成した業務仕様書や、フィリピン政府が設定した入札予定価格のもとになった見積もり額を漏えいしても、「入札談合」には該当しません。

メールで情報を漏えいすることと官製談合の関係

今回のJICAのケースは「入札談合」の定義に該当しませんが、しかし、仮に日本政府やJICAが入札を行う場合には、業務仕様書や見積もり額を漏えいすることは、単なる情報漏えいに留まらず、官製談合を成立させるおそれがあることは知っておいた方がよいと思います。

官製談合防止法は、

  • 入札談合を行わせること(談合の明示的な指示)
  • 受注者に関する意向の教示
  • 発注に係る秘密情報の漏えい
  • 特定の談合の幇助

の4種類の行為を「入札談合等関与行為」としています(2条5項1号〜4号)。

公正取引委員会は以下のリーフレットも作成しています。

秘密情報は、「入札又は契約に関する情報のうち特定の事業者又は事業者団体が知ることによりこれらの者が入札談合等を行うことが容易となる情報であって秘密として管理されているもの」を指します。

今回のケースでJICAの職員が都内のコンサルティング会社に送信した、フィリピン運輸省が作成した業務仕様書や入札予定価格が公になっていれば「秘密として管理されているもの」には該当しませんが、一般的に、これらの情報は公になっていることはないので秘密情報と言えます。

そのため、JICA職員が都内のコンサルティング会社に情報を漏えいした行為だけを見れば、「入札談合等関与行為」です。

ただし、上記のとおり、今回はフィリピン政府が入札を行うので、官製談合防止法の「入札談合」には該当しない、というだけです。

秘密情報を知ってしまいそうになったら

国、地方公共団体、特定法人の公務員(職員)が入札に関わる民間企業等の担当者と情報交換する場合には秘密情報が含まれないように、公務員(職員)側も民間企業等の担当者側もお互いに慎重になる必要があります。

もっと言えば、入札案件ではなくても、日頃から国、地方公共団体、特定法人と組織外の人とのやり取りでは秘密情報が含まれないように情報管理の意識を高めておいて欲しいです。

特に民間企業等の担当者側に抑えておいて欲しい意識ですが、最低でも以下の点は留意して下さい。

  • 国、地方公共団体、特定法人から秘密情報を聞き出さないようにする(聞き出すことになるような誤解を招く言動をしない)
  • 国、地方公共団体、特定法人の公務員(職員)から秘密情報が送られてきてしまったら、まずは「その情報を送られたら困る」との拒絶の意思を示してデータを消去する(拒絶の医師を示したことはメールなどで記録化しておく)、かつ、当該秘密情報を社内で展開・共有しない(担当者個人限りにしておく)、その後の入札では送られてきた秘密情報を参考にしない
  • 究極的には、秘密情報が送られてきた場合には当該入札には参加しない

これらは民間企業同士の談合でも同じです。

昔から、同業同士の集まりの場で入札価格に関する話しが出たときには、「お酒を自分のズボンにこぼすなどして大騒ぎし、参加者の記憶に残るように、大げさにその場を退出する」「帰りはタクシーを利用するなどして、談合が行われたであろう時間帯にはその場に居なかったことを記録として残しておく」などがノウハウとして言われます。

これと考え方は同じです。

疑われないように自分を守るための記録作りをすることをお勧めします。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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