TDKの従業員が退職直前に「営業秘密」である実験・研究データを私用のメールアドレスに複数回送信し、不正競争防止法違反により書類送検。「営業秘密」など情報を持ち出す原因と、企業が防ぐためにできること。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

2024年10月4日、TDKの成田工場に研究職として再雇用されていた従業員(当時)が、退職直前の2023年6月ごろ、同社のサーバーから電子部品である微小電子機械システム「MEMS(メムス)」の製造開発のための複数の実験データを社用のメールアドレスから自身の私用のメールアドレスに複数回送信し、不正に持ち出したとして、不正競争防止法(営業秘密領得)により書類送検されました。

事案の概要は、読売新聞と朝日新聞の報道が詳しいです。

TDKのリリースによると、従業員が退職した後にTDKが行った社内調査により不正な持ち出しが判明したため、TDKは警視庁に被害届を提出し、捜査に協力した結果、今回の書類送検に至りました。

退職者は、なぜ「営業秘密」を持ち出すのか

役員・従業員が、退職の直前直後に、勤務先の企業秘密(営業秘密、個人情報を含む)を社外に持ち出すケースは後を絶ちません。

その動機は大きく分けて3つあります。

  1. 報酬・給与だけでは私生活が困窮してるケース
  2. 転職する際に「お土産」として持参し、自己を高く買ってもらおうとするケース
  3. 会社に対する怨恨によるケース

この3種類です。

報酬・給与だけでは私生活が困窮しているケース

報酬・給与だけでは私生活が困窮しているケースは、必ずしも、現在勤務している会社からの報酬・給与が少ないという訳ではありません。

仕事のストレスによってキャバクラ・風俗やパチンコ・競馬などのギャンブルにハマってしまい、報酬・給与を注ぎ込んでしまったことがきっかけである場合が目立ちます。

これらの場合の多くは、会社の金銭を着服する業務上横領を行うのですが、会社の企業秘密(営業秘密や個人情報など)を不正取得し、第三者に不正提供し、第三者に買ってもらうというケースも少なくありません。

2009年に発生した三菱UFJ証券の部長代理が約149万人分の個人情報を名簿業者に販売した事件では、「仕事のストレスを発散するため、キャバクラにはまりこんでいった」「顧客情報を売れば、キャバクラでつくった借金を半分にできる」ことが動機として報じられています(2009年9月13日付け産経新聞など)。

2014年に発生したベネッセの個人情報漏えい事件では、「金がなくて生活に困っていたので、自分から名簿業者に持ち掛けて複数回売却した。売った総額は数百万円になった」ことが動機として報じられています(2014年7月17日付け毎日新聞など)。

これらの2件に比べると私生活が困窮しているとの要素は薄れますが、2019年に発生した神奈川県の納税記録などが保存されたハードディスクがネットオークションで販売された事件では、「捨てるのがもったいないため、売ればいくらかになると思った」ことが動機として報じられています(2020年6月9日付け産経新聞2019年12月11日付け日経クロステックなど)。

最近では、「推し」活のためにお金を使いすぎてしまった、投資で損を出した、子どもの学費による負担が大きいなどがきっかけで業務上横領に至ったケースもあります。

そうだとすると、今後、これらの動機を理由に業務上横領の代わりに企業秘密(営業秘密、個人情報を含む)を不正取得し、不正に第三者に開示するケースも現れることも容易に想像できます。

転職する際に「お土産」として持参し、自己を高く買ってもらおうとするケース

転職する際に企業秘密(営業秘密、個人情報を含む)を「お土産」として持参し、自己を高く買ってもらおうとするケースは、昔からよく見られるパターンです。

例えば、営業職が転職する際に顧客情報を持ち出す、技術職が転職する際に設計図や研究データを持ち出すことを「よくあること」という古い感覚のままでいるビジネスパーソンが未だ少なくありません。

しかし、2003年に不正競争防止法が改正され、「営業秘密」を不正に取得、不正に開示することは刑事罰の対象となる犯罪行為になりました。

2015年にはさらに重罰化され、転職先も両罰規定で罰せられることになっています。

2024年2月には、はま寿司からカッパ・クリエイトに転職してきた取締役が、はま寿司の仕入先データなどの営業秘密を不正開示などしたことを理由に、カッパ・クリエイトが不正競争防止法違反(営業秘密侵害罪)で罰金3000万円を課せられています。

また、はま寿司からカッパ・クリエイトなどに対して損害賠償請求も提起されています。

また、個人情報についても、名刺管理システムへのログイン情報を転職先に開示したことを理由に、個人情報保護法違反(データベース提供罪)で有罪判決を受けています。

そもそもの話しで言えば、現在は、在職中の会社から企業秘密(営業秘密、個人情報を含む)を持ち出して転職しようとする者は、転職しようとする先の会社からもそもそも信頼されない、と意識を改めることが必要です。

転職しようとする先の会社にしてみれば、「この転職候補者を採用すれば、今度は、うちの会社の企業秘密が持ち出されるかもしれない」と心配するはずです。

さらには「うちの会社が刑事罰に巻きこまれるのは嫌だ」と考える会社もあるでしょう。

会社に対する怨恨によるケース

会社に対する怨恨によるケースは、退職者が「この企業秘密を持ち出して、この会社を困らせてやろう」「上司の情報管理に対する責任が社内で問われる状況にして、上司も酷い目に遭わせてやろう」などと考えて行うものです。

2021年には、業務委託元の広告会社のホームページに不正アクセスし改ざんし閲覧できなくしたとして、6月・7月に不正アクセス防止法違反で逮捕された後、改ざんについて7月27日に電子計算機損壊等業務妨害により逮捕されたケースが発生しています。

これは「同社との間で何らかのトラブルとなり、業務を妨害した」と報じられています(2021年7月27日、読売新聞オンライン)。

福岡県のホテルのサイトを管理していたウエブサイト制作会社の従業員が、2021年4月に退職した後も会社から貸与されていたPCを返却せず、7月にウエブサイト制作会社が契約するサーバに不正アクセスし、ホテルの顧客情報、メール履歴、ホームページの情報などを削除し、15時間閲覧できなくさせたとして、2022年5月16日に、不正アクセス防止法違反と電子計算機損壊等業務妨害により逮捕されたケースもあります(2022年5月17日、読売新聞オンライン)。

以前のブログで取り上げたように、パソコンそのものを破壊するケースも少なくありません。

情報の持ち出しを防ぐために企業にできること

こうした情報の持ち出しを防ぐために、企業が情報管理体制を厳しくするケースが目立ちます。

というか、圧倒的多数は情報管理体制の厳重化に力を注ぐはずです。

しかし、上記3つの動機を分類すると、2はともかく、1は会社(仕事)のストレスがそもそもの発端ですし、3は会社(上司)に対する怨恨がそもそもの発端です。

そうだとすると、情報管理体制以前に、

  • 仕事のストレスを溜めさせない職場環境の整備
  • 上司によるパワハラなどコミュニケーションによる問題発生を防ぐ
  • 適切な仕事の質・量を与える

などに焦点を当てて対応することが望ましいことがわかるはずです。

さらには、ストレスが溜まっていることを理由に金遣いが荒れていることに気がつくように上司が注意深く観察すること、そうした従業員の情報へのアクセス権限を変更することなども必要となるでしょう。

システムだけに頼る情報管理にならないように注意してください。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。

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