前代表である創業株主が申し立てた新株・新株予約権の発行差止仮処分の却下決定を受け、ジーネクストが「前代表による善管注意義務違反の疑いに関する調査・検討開始のお知らせ」を公表。取締役の善管注意義務と株式売却について。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

夏季休暇前後の出張続きと、甲子園での母校早実応援のバタバタで少し間が空いてしまいました。

今回は、危機管理やガバナンスの観点から特に意識すべきポイントはありませんが、今後の展開が気になる事例としてジーネクストを取り上げます。

2024年8月16日、ジーネクストが「前代表による善管注意義務違反の疑いに関する調査・検討開始のお知らせ」を公表しました。

ジーネクストは、顧客の声を起点に、インシデントを管理したり、リスクマネジメント等をするDXプラットフォームを開発する会社です。2001年7月に設立されました。

ジーネクストの前代表でもある創業株主が7月29日付けで新株及び新株予約権発行の差止め仮処分を申し立てていたところ、東京地方裁判所が、8月8日に、申立てを却下する決定をしました。

ジーネクストの開示資料によると、却下決定に、前代表が5月9日に代表取締役を解職された理由について言及されていたこと等が、調査・検討開始の発端のようです。

こうした調査・検討は、取締役・取締役会による監視義務、ガバナンスに基づくものと理解できます。

裁判所の決定や判決をきっかけに、監視義務と・ガバナンスに基づく調査・検討を開始するのは珍しいように思います。

ジーネクストと創業株主でもある前代表との間に何が起こっているか

まずは、ジーネクストと創業株主でもある前代表との間に何が起こっているのかを簡単に整理しましょう。

今後、会社主催の臨時株主総会、創業株主による臨時株主総会とが各々開催されそうなので、まだまだ争いは続きそうです。

代表取締役を解職された理由は、善管注意義務違反と言えるのか?

ジーネクストが公表した「前代表による善管注意義務違反の疑いに関する調査・検討開始のお知らせ」には、以下の記載があります(一部表現を修正)。

裁判所の仮処分決定書において、「債権者(※前代表のこと)が代表取締役を解職されたのは、債権者が、自らも構成員として入った取締役会において繰り返し資金調達等に関して検討してきた経緯から外れて、令和6年5月9日の取締役会の数日前に突如として、自己の保有株式の大半(公開買付規制にかからない発行済株式の約33%)を市場価格の1.5倍で(コントロールプレミアムを他の株主と分かち合うことなく)同取締役会の6日後に譲渡すると言い出し、同取締役会においてその譲渡先等について十分な説明をしなかったことを主な原因とするものであり、債権者が、代表取締役として株主共同の利益を追求する責任を果たすことよりも、持分の大半を高値で売却することを優先したからである」と明確に指摘され、前代表の善管注意義務違反・忠実義務違反の疑いが強まりました。

この記載は、代表取締役(当時)であるにもかかわらず、ジーネクストの今後の資金調達について検討している状況下で、自己の保有株式を第三者に高値で譲渡することは、会社(ジーネクスト)やその株主の利益よりも自己の利益を優先するから解職された、という意味だと理解できます。

ただ、これが善管注意義務違反・忠実義務違反という法的評価に直ちに繋がるかについては、本当にそう簡単に言えるのか?という疑問を感じます。

そもそも取締役の善管注意義務は、株主から経営判断を委任された者として、企業価値の最大化を目指す責任です。

仮に代表取締役(当時)として会社の資金調達についての話しをご破算にする動きを示したなら、企業価値の最大化とは矛盾する行為そのものですから、善管注意義務違反は明らかでしょう。

しかし、代表取締役の立場で会社の資金調達を検討しつつも、同時に、自己が保有する株式を売却することは矛盾はしません。

株主ではなくても代表取締役としての経営判断はできますし、また、自己が保有する株式の売却は私的財産の処分であって取締役として行ったものではないからです。

ただ、その一方で、会社が資金調達を検討しなければならない財務状態であるにもかかわらず、自己が保有する株式を第三者にいち早く売却することは、「いち早く抜けたい」「逃げ出したい」との印象を与えるものであり、経営判断を委ねられている者として無責任感は拭えません。

しかも、そのような財務状態であるにもかかわらず、市場での売却ではなく、自己の株式を市場価格の1.6倍もの価格で第三者に売却することは、私的財産を適正に処分していないのではないか、との疑念も拭えません

例えば、事実関係を詳細に調査・検討してみたら、会社の資金調達が成功しないように動いていた、自己が保有する株式を売却する話しを進めるためにインサイダー情報を漏えいしていた、株式の譲渡価格を調整するために株価が低下するよう企業価値の最大化を妨げる経営判断をしていた、第三者がジーネクストの経営権を奪取させようとしていたなどが明らかになれば、善管注意義務違反と言いやすいと思います。

インサイダー取引規制違反となる株式譲渡ならそもそも善管注意義務違反以前の法令違反ですが、インサイダー取引規制違反とまではいえない株式譲渡なら代表取締役としての無責任感だけを以て善管注意義務違反とまで言えるかは微妙なようにも思えます。

今後の調査・検討によって、善管注意義務違反を裏付ける事実が明らかになるのかは、気になるところです。

問題になりそうな法的論点

話しは変わりますが、上記のように事実を整理しただけでも、

  1. 想定以上の時間を擁したことを理由に流会にした定時株主総会の運営方法の適法性
  2. 新株式及び新株予約権の発行差止仮処分の是非
  3. 臨時株主総会の基準日後に株式を取得した株主による議決権行使の是非

などの法的論点を抜き出すことができます。

新株式及び新株予約権の発行差止仮処分の主要目的ルール

このうち、2の仮処分の是非は、既に裁判所の却下決定が出ています。

決定の全文は公になっていませんが、ジーネクストから舞花に対する新株式及び新株予約権の発行は、主要目的ルールに照らして、現経営陣の支配権の維持・確保を主要な目的とするものではないと判断したのだと思われます。

基準日後に株式を取得した株主の議決権行使の是非

3は、「基準日株主が行使することができる権利が株主総会又は種類株主総会における議決権である場合には、株式会社は、当該基準日後に株式を取得した者の全部又は一部を当該権利を行使することができる者と定めることができる。ただし、当該株式の基準日株主の権利を害することができない。」と定めている、会社法124条4項ただし書の解釈の問題です。

ジーネクストは、会社主催の臨時株主総会の基準日を2024年8月1日と設定したにもかかわらず、8月13日に払込を行い新たに株式を取得した舞花に会社主催の臨時株主総会での議決権を認めました。

報道によると、前代表である創業株主はジーネクストの議決権の約35%を保有していたものの、新株発行によって舞花が約15%を保有し、前代表である創業株主の保有割合は3割弱に低下。新株予約権の全部行使によって、舞花が3割超、前代表である創業株主が約24%と逆転することになるようです。

基準日後にこれだけ保有割合が高い株主になった舞花に会社主催の臨時株主総会で議決権を認めることが、会社法124条4項ただし書の「当該株式の基準日株主(2024年8月1日時点の株主)の権利を害すること」になるのか、ならないのかは、いずれとも解釈できそうです。

今後の報道に引き続き注目したいと思います。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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