こんにちは。弁護士の浅見隆行です。
2024年7月5日、山谷産業が製造販売するアウトドア用ペグ「エリッゼステーク」が、スノーピークが製造販売する「ソリッドステーク」の形態と同一又は酷似するとして、スノーピークが不正競争防止法違反を理由に差止め等を請求していた訴訟で、東京地裁はスノーピークの請求を棄却する判決を言い渡しました(一審判決)。
今回は、この訴訟に関連した両社の広報対応を取り上げます。
判決文が公表されていないので不正競争行為に該当するのかについては触れません。そもそもアウトドア用ペグって何かわかっていないので・・。テントを張るときの杭らしいですね。
訴訟提起時の両社の広報
スノーピークの広報
訴えを提起したスノーピークは、2020年12月9日、自社サイトに「株式会社山谷産業及びその関係者に対する訴訟提起のお知らせ」とのリリースを掲載しました。
リリースの内容は、
- 訴訟提起した事実
- 訴訟提起に至った経緯(山谷産業が「エリッゼステーク」の販売を開始した2013年以来、当社は幾度か山谷産業との間で協議を進めようとして参りましたが、今般、当社としては話し合いによる解決の見込みがなくなったと判断した)
- 元知財高裁裁判官の三村弁護士の見解(エリッゼステーク商品の製造及び販売等の行為は、不正競争防止法2条1項1号の不正競争に該当する可能性が高く、今回の訴え提起には十分な合理性がある)
です。
三村弁護士は知財の世界では非常に高名な方ですから(私も知財訴訟で何度か担当裁判官として当たったことがあります)、その見解を載せることは、知財に関心がある人には「自社の言い分がもっともである」との印象を抱かせます。
山谷産業の広報
これに対し、山谷産業は、2020年12月11日、アンサーとなるリリース「株式会社スノーピークによる当社への訴訟提起について」を自社サイトに掲載しました。
訴訟を提起した側が広報を掲載することはスノーピークに限らずよく見られますが、訴えられた側がアンサーとなる広報を掲載することはそれほど多くありません。
山谷産業がアンサーとして掲載した内容の主たる部分は、
当社としては、「エリッゼステーク」と「ソリッドステーク」の形態は同一または酷似しておらず、スノーピーク社の主張するような違反の事実はないものと考えております。したがいまして、本訴訟についても、弁護士を含む専門家と協議の上、粛々と対処を進めて行く所存です。
なお、S社告知は、まだ本訴訟の審理結果が出ていない段階にもかかわらず、当社の行為が不正競争防止法違反であると決めつけ、当社製品のお客様や当社の取引先を含む関係者に対し誤った印象を植え付けようとするものであって、当社として到底これを看過することはできません。したがって、S社告知に対しては、前述の専門家とも協議の上、速やかに然るべく対処を講じる所存です。
です。
前半は、不正競争行為に当たらないと考えているとの自社の主張を載せたもので、特段目新しい部分はありません。
これに対し、後半の「当社製品のお客様や当社の取引先を含む関係者に対し誤った印象を植え付けようとするもの」との部分は、スノーピークが訴訟提起時に広報した狙いを理解し、それに反論する内容です。
スノーピークに対する反論ではありますが、同時に、お客さま、取引先に対して「安心して欲しい」とのメッセージを伝えるためのものと理解することができます。
仮に山谷産業がアンサーを出さずにスノーピークの広報を放置していたら、スノーピークの広報の内容を信じて、山谷産業のアウトドア用ペグを取り扱う卸や店舗が減ってしまうかもしれない、山谷産業のアウトドア用ペグを購入するお客さまが減ってしまうかもしれない。
そうしたリスクを軽減するための広報と言えます。
お客さまの存在を意識した企業姿勢が現れた広報と言えるのではないでしょうか。
一審判決後の広報
山谷産業の広報
スノーピークの請求を棄却する東京地裁の判決は2024年7月5日に言い渡されました。
すると、山谷産業は、7月10日に、「スノーピーク社との訴訟について」と題するリリースを公表しました。
このリリースの主たる部分は、
今回の判決は、不正競争防止法のみならず、意匠法をはじめとする産業財産権法の制度主旨に沿ったものであり、事業者間の公正な競争を通じて産業の発達を促す良識的な判断であると同時に、当社の主張が正当なものであったことが裁判所に認められたものと理解しております。本訴訟について多くのお客様からご心配の声をいただきましたが、お客様におかれましては、今後も安心して燕三条で製造された当社の「エリッゼステーク」をお買い求めいただければ幸いです。
当社は、今後も魅力的な製品をお客様にお届けすべく鋭意努力していく所存ですので、何卒宜しくお願い申し上げます。
です。
ここでも、前半部分で自社の正当性を述べた後、後半部分でお客さまへのメッセージを中心に書いています。
訴訟提起時の広報と同様に、お客さまの存在を意識している企業姿勢が伝わってきます。
スノーピークの広報
他方、請求が棄却されたスノーピークは、7月17日、「訴訟の判決及び控訴の提起に関するお知らせ」と題するリリースを公表しました。
その主たる部分は、
当社は、判決の内容を慎重に検討した結果、当社が製造販売等するアウトドア⽤ペグ「ソリッドステーク」が、世界初の鍛造製ペグとして、1995年の販売開始以来、その画期的なオリジナルのデザインを⾼く評価されてきたことを⼗分に考慮されておらず、その判断基準及び事実認定を含め、当該判決の内容は当社の理解と相違することから、本⽇、知的財産⾼等裁判所に控訴を提起いたしましたので、お知らせいたします。
です。
自社製品のアウトドア用ペグ「ソリッドステーク」が「世界初の鍛造製ベグ」であること、「オリジナルのデザイン」であることなどが書かれており、自社製品が保護されるべきだとの忸怩たる思いが伝わってきます。
訴訟で敗訴したときに、こうした内容の広報をする会社は非常に多いです。
自分たちが提訴したのに敗訴したのですから、なぜ理解されないのだということを伝えることは悪いことではありません。
山谷産業の広報との違いは、自社が主張したいことだけを主張し、取引先やお客さまへのメッセージ性が薄れていることです。
お客さまにどう思って欲しいのかといった内容のメッセージが入っていても良かったのではないかと思います。
訴訟と広報戦略
訴訟に際してリリースを出す際には、自社の正当性を主張するだけでなく、その訴訟が取引先、お客さまにどう影響するか、取引先やお客さまに向けたメッセージを入れると、日頃から取引先やお客さまを意識している会社、取引先やお客さまを大事にしている会社であるとの企業姿勢を伝えることができるのではないでしょうか。
以前に取り上げたパナソニックのヘアドライヤー広告の訴訟では、パナソニックもお客さまの存在を意識した広報をしていました。
また、こうした情報の受け手となる存在を意識した広報は、株主総会に向けた機関投資家(ファンド)の広報戦略にも共通しています。
今後、訴訟に関連して広報する際の問題意識として、頭の片隅に入れてもらえればと思います。