JR西日本グループ、ANAグループとJALグループ、高島屋、損保ジャパンなどがカスタマーハラスメント対策の指針や基本方針を続々と発表。カスタマーハラスメント対策の公表事例と、位置づけを今一度確認する。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

2024年5月以降、お客さま・取引先からのカスタマーハラスメントに関連して、カスタマーハラスメント対策の指針や基本方針を発表する会社が相次いでいます。

特に、B to C をビジネスモデルとする会社からの発表が先行しています。

カスタマーハラスメント対策の指針や基本方針を会社が公表している理由や、カスタマーハラスメント対策についての誤解について解説します。

カスタマーハラスメント対策の基本方針の公表事例

JR西日本グループ

大手企業でいち早く基本方針を発表したのは、JR西日本ではないかと思います。

2024年5月24日に「カスタマーハラスメントに対する基本方針」を公表しました。

その内容は、

  1. 策定した目的(お客さまへのメッセージ)
  2. JR西日本グループが考えるカスタマーハラスメントの定義や行為の例
  3. 社内・社外への対応

の3本柱になっています。

ANAグループとJALグループの共同策定

2024年6月28日には、ANAグループとJALグループが共同で「カスタマーハラスメントに対する方策」を公表しました。

その内容は、表現は多少違えども、JR西日本グループと同じ項立てです。

航空業界の大手2社が共同してカスタマーハラスメント対策を策定したのは、お客さまから「あっちの航空会社ではサービスをしてくれたのに、こちらの航空会社ではサービスしてくれないのか」などと、お互いを引き合いに出したハラスメントをされることが多いからではないかと思います。

大手2社がハラスメント対策のサービスレベルを同一にすれば、ハラスメントをするお客さまに余計な気を遣うことなく、同一の方針で立ち向かうことができます。

高島屋、損保ジャパン、NTTドコモグループ

その他にも、2024年7月8日には高島屋が、7月9日には損保ジャパン、7月12日はNTTドコモグループが、同様に、カスタマーハラスメントに対する基本方針・方針を公表しています。

各社の内容も、JR西日本グループと同じ項立てになっています。

医療業界〜ペイシャルハラスメント

医療業界は、企業のカスタマーハラスメント対策よりも先行して、患者によるペイシャルハラスメント対策を策定しています。

医師は、医師法19条1項によって「診療に従事する医師は、診察治療の求があった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」との応召義務を負っています。

ペイシャルハラスメント対策を定めることによって、診察治療を拒むこととができる「正当な事由」を明らかにしようとしているのだと思われます。

長崎県では、長崎大学病院や長崎原爆病院などが中心となって2017年に「ペイシェントハラスメント研究会」を立ち上げ、対策を講じていました。

例えば、長崎みなとメディカルセンターは「ペイシャルハラスメントに対する方針」などを定めて、公式サイトに掲示しています。

また、埼玉県の春日部市立医療センターは、2019年8月1日から、公式サイトに「暴言・暴力・迷惑行為について」として、ペイシャルハラスメントへの対策を掲示しています。

カスタマーハラスメント対策の指針を公表する理由・メリット

カスタマーハラスメントという言葉自体は最近のものです。

しかし、お客さまや取引先からの不当・悪質なクレームは以前から存在していました。

今も昔も、不当・悪質なクレームは、

  • 一次的には現場の担当者、お客さま相談窓口が担当する
  • 二次的に総務部門などが対応する
  • 最終的には、クレーム対応という意味での危機管理を得意とする弁護士や、恐喝・脅迫・暴行になるものであれば警察で対処してもらう

と、順を追って対応することが一般的です。

そうはいっても、これまでは、現場の担当者やお客さま相談窓口の担当者、総務部門は、「下手な対応をすると会社に迷惑がかかるかもしれない」との気遣いがあり、不当・悪質なクレームはであっても「これ以上の対応はできません」と断るのが難しい面がありました。

よく「毅然とした対応」という言葉を使ったりしますが、どの段階で、どこまでの対応をしていいかを具体的に説明する専門家は少なかったように思います。

しかし、2022年2月に厚労省が「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を公表したことに伴い、現場の担当者やお客さま相談窓口の担当者、総務部門は、不当・悪質なクレームを「カスタマーハラスメント」と堂々と名づけて、これまでよりも対処しやすくなりました。

会社が独自のカスタマーハラスメント対策の方針を定めて公表すると、現場の担当者やお客さま相談窓口の担当者、総務部門が対処しやすくすることに繋がります。

別の言い方をすると、会社がカスタマーハラスメント対策の方針を定めることは、現場の担当者お客さま相談窓口の担当者、総務部門を守るためでもあります。

カスタマーハラスメント対策の位置づけ

厚労省のカスタマーハラスメント対策マニュアルから読み取れること

カスタマーハラスメント対策の位置づけについて誤解があるようです。

クレーム対応マニュアルではありません。

カスタマーハラスメント対策の主たる目的は、お客さま・取引先からの苦情が著しい迷惑行為である場合に、矢面に立って、ハラスメントの被害者になっている担当者を会社が保護することです。

厚労省のサイトには以下の記述があり、厚労省が出している「カスタマーハラスメント対策マニュアル」の「はじめに」にも同趣旨のことが記載されています。

(参考)カスタマーハラスメントとは
 令和元年6月に、労働施策総合推進法等が改正され、職場におけるパワーハラスメント防止のために雇用管理上必要な措置を講じることが事業主の義務となった。
この改正を踏まえ、令和2年1月に、「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号)が策定され、顧客等からの暴行、脅迫、ひどい暴言、不当な要求等の著しい迷惑行為(カスタマーハラスメント)に関して、事業主は、相談に応じ、適切に対応するための体制の整備や被害者への配慮の取組を行うことが望ましい旨、また、被害を防止するための取組を行うことが有効である旨が定められた。
 

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_24067.html

大前提として書かれているのは、カスタマーハラスメント対策は「雇用管理上必要な措置」「雇用管理上講ずべき措置等」であることです。

「雇用管理」「講ずべき」と書いてあるのですから、カスタマーハラスメント対策は従業員を守るために会社が講じなければならない措置として理解しなければなりません。

安全配慮義務、安全配慮のための体制整備の一環として位置づけることができます。

安全配慮のための体制整備は取締役・取締役会の法的義務(日本海庄や事件)

安全配慮義務という言葉は耳にしたことがあっても、「安全配慮のための体制整備」という表現は聞き慣れないかもしれません。

過去の裁判例(日本海庄や事件。第一審;京都地判2010年5月25日、控訴審;大阪高判2011年5月25日、上告審;最判2013年9月24日)には、飲食店従業員が急性左心機能不全により死亡したケースで、会社に安全配慮義務違反による損害賠償責任を認め、会社の取締役には、労働者の生命・健康を損なわないような体制を構築していなかったことを理由に取締役の対第三者責任(会社法429条1項に基づく責任)を認めたものがあります。

会社は「安全配慮義務」、取締役・取締役会は、内部統制システムの整備・機能の一貫として、安全配慮「体制を構築する義務」を負っている、と義務の内容を使い分けた裁判例です。

この裁判例を参考すると、取締役・取締役会はカスタマーハラスメント対策を講じて従業員の安全に配慮する体制・措置を講じなければならない法的義務を負っている、と言えます。

カスタマーハラスメント対策として講じるべき具体的内容

厚労省のカスタマーハラスメント対策マニュアルが具体的に求めている措置の内容は、

  1. 相談に応じ、適切に対応するための体制の整備や被害者への配慮の取組を行うこと
  2. 被害を防止するための取組を行うこと

の2点です。

1は、社内体制です。

お客さま相談窓口や総務部門のようなカスタマーハラスメント対策の人員を揃えた組織を整備するだけでなく、「被害者」となった従業員への配慮の取組が必要です。

例えば、メンタルを病まないようにお客さま・取引先には複数で対応する、人材を短いスパンでローテーションする、不当・悪質なクレーム対応をした担当者はしばらくは厳しい対応をしないように外す、メンタルを病んでしまったときには休めるようにする、産業医などメンタルヘルスケアを積極的に活用する、です。

2は、被害を防止するための取組ですから、現在各社が公表しているような、「わが社では、こういった類をカスタマーハラスメントとして捉えています」「カスタマーハラスメントと判断した場合には、その後のサービスの提供など取引を終了します」などの基本方針を定めたうえで、それを対外的に明らかにすることです。

B to B の会社の場合には、取引先の担当者からカスタマーハラスメントを受けることがあるかもしれません。

その場合には、その取引先がいかに昔から取引のある会社であろうと、またどれだけ大きくても、その後の取引は断ったり、少なくとも取引先に対して担当者を変えてくれるように上司(中小企業なら社長や役員)から取引先に申し入れるなども、このカスタマーハラスメント対策と言えます。

文字にすると簡単ですが、実際にはそうはうまく行かないかもしれません。

それでも、カスタマーハラスメント対策は、従業員を守るための措置という位置づけを理解して、従業員を守るための行動をして欲しいと思います。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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