こんにちは。弁護士の浅見隆行です。
テレビ宮崎の前社長が、取締役退任慰労金内規(役員退職慰労金規定)所定の基準額から減額規定に基づいて控除された取締役会決議を不服として、テレビ宮崎と現社長に損害賠償を請求していた件について、2024年7月8日、最高裁は破棄自判し、前社長の請求を棄却しました。
2022年7月6日の福岡地方裁判所宮崎支部判決は前社長の請求を認めていましたので、最高裁はこれを取り消したことになります。
最高裁判決が、取締役退任慰労金内規に置かれている減額規定の制度趣旨を取締役会によるガバナンス機能であると解釈した点が特徴的なので、この部分を取り上げます。
テレビ宮崎の前社長に何があったのか
テレビ宮崎が前社長に対する退職慰労金を基準額から減額した原因は、以下のとおりです。
- 2012年から2015年までの間、前社長(当時は社長)が社内規程所定の上限を上回る宿泊費約1610万円を受領していたことが税務調査により発覚し役員報酬と認定されたため、前社長は相応の源泉所得税相当額を負担した。
- 2016年7月、前社長は、源泉所得税相当額をテレビ宮崎に負担させ、社内規程を上回る宿泊費を永続的に支給される目的で、自己の役員報酬を前年度より2308万円増額し、退任するまで受領した(行為1)。
- 2012年度にテレビ宮崎が前社長の交際費として支給した額は約4925万円であった。前社長は、2013年度から2016年度にかけて上記額を上回る交際費合計約1億0079万円をテレビ宮崎に負担させた。かつ、海外旅費規程を改定させ、2012年から2016年までの間、改定前の海外旅費規程よりも約545万円多い額をテレビ宮崎に負担させた(行為2)。
- 前社長は、2014年度から2016年度までの間、文化芸術活動の支援事業費をテレビ宮崎に負担させ、そのうち約2億0558万円は過剰な支出だった(行為3)。
- 2017年6月に、前社長は体調不良を理由に代表取締役及び取締役を辞任した。
テレビ宮崎の取締役会は、前社長に支給する退職慰労金の額を決定するにあたり議論した結果、最終的に行為1について特別背任罪としての告訴はしないが、取締役退任慰労金内規所定の「退任取締役のうち、在任中特に損害を与えたものに対して、基準額を減額することができる」との減額規定に基づいて、基準額3億7720万円から上記行為1〜3による財産上の損害額合計約3億5551万円の約90%を控除した5700万円を支給することを決議しました。
そうしたところ、前社長は、減額を不服として、テレビ宮崎の社長に対して不法行為(民法709条)に基づく損害賠償を請求し、テレビ宮崎に対して会社法350条(代表者の行為についての会社の責任)に基づく損害賠償を請求し提訴したのです。
最高裁判決が指摘した退職慰労金減額規定のガバナンス機能
福岡地方裁判所宮崎支部判決(2022年7月6日)は、取締役会は退職慰労金減額規定の適用において裁量権の範囲の逸脱又は濫用があるとして、前社長の請求を認めました。
これに対して、最高裁判決(2024年7月8日)は、以下のように判示したうえで、取締役会に裁量権の範囲の逸脱又は濫用はないと判断し、前社長の請求を退けたのです。
本件減額規定・・の趣旨は、取締役を監督する機関である取締役会が取締役の在任中の行為について適切な制裁を課すことにより、上告人会社(※テレビ宮崎)の取締役の職務執行の適正を図ることにあるものと解される。(中略)取締役会は、退任取締役が本件減額規定にいう「在任中特に重大な損害を与えたもに」に当たるか否か、これに当たる場合に減額した結果として退職慰労金をいくらにするかの点について判断する必要があるところ、・・本件減額規定の趣旨に鑑みれば、取締役会は、取締役の職務の執行を監督する見地から、当該退任取締役が上告人会社に特に重大な損害を与えたという評価の基礎となった行為の内容や性質、当該行為によって上告人会社が受けた影響、当該退任取締役の上告人会社における地位等の事情を総合考慮して、上記の点について判断すべきである。(中略)取締役会は、上記の点について判断するに当たり広い裁量権を有するというべきであり、取締役会の決議に裁量権の範囲の逸脱又は濫用があるということができるのは、この判断が株主総会の委任の趣旨に照らして不合理である場合に限られると解するのが相当である。
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/176/093176_hanrei.pdf
特徴的なのは、冒頭の「本件減額規定・・の趣旨は、取締役を監督する機関である取締役会が取締役の在任中の行為について適切な制裁を課すことにより、上告人会社(※テレビ宮崎)の取締役の職務執行の適正を図ることにある」と解釈した部分です。
取締役会が取締役の在任中の行為を遡って監督して退職慰労金を減額するという制裁を課すことができるようになれば、取締役は退職慰労金を減額されたくないだろうから在任中に適正に職務を執行するようになる、という理屈です。
減額規定は在任中の行為の適正を確保するガバナンスを機能させるための存在であると解釈したのは、コーポレートガバナンスが求められる時代に即した判決のように思います。
最高裁判決の言い回しはあくまでもこのテレビ宮崎の減額規定の解釈という個別事案の解釈であるスタンスではありますが、多くの会社の役員退職慰労金減額規定も似たり寄ったりの内容なので、同様に解釈できるのではないでしょうか。
退職慰労金減額規定の解釈に取締役会の広い裁量権を認めた
また、そういう趣旨の規定であるから「在任中に特に重大な損害を与えた」か否かの解釈について、最高裁は「取締役会は、取締役の職務の執行を監督する見地から・・・広い裁量権を有する」とも認めました。
ここも、ガバナンスを重視して広い裁量のもとで内規の解釈をしてよいと最高裁が認めたものです。
ただし、広い裁量とは言っても、どんな裁量でも許されるわけではありません。
最高裁は、このケースでは、
- 前社長の行為1が報道によって広く知れ渡ったことで、テレビ宮崎の社会的信用が毀損した
- テレビ宮崎は会社と利害関係のない弁護士らで構成される調査委員会による調査を行った
- 調査報告書では行為1が特別背任罪の疑いがあり行為2も正当化できないと指摘した
- 取締役会は、調査に当たって収集した情報に不足はない調査委員会による調査の結果を元に決議した
- 取締役会では、行為1について告訴する意見が出るなど実質的な審議を行った
などの事情を考慮して、裁量権の範囲の逸脱又は濫用はないと判断しました。
裁量権の範囲の逸脱又は濫用がないというためには、退職慰労金の減額を審議する取締役会にて「過程と内容」が「著しく合理性を欠く」と言われない程度には、根拠のある減額とすべき事実に基づいた実のある審議をする必要があることを理解して下さい。