鹿児島県警が国家公務員法(守秘義務)違反を理由に前生活安全部長を逮捕。第三者への内部告発目的での資料提供は守秘義務違反になるか?

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

鹿児島県警は、2024年5月31日、3月まで県警本部生活安全部長だった者が、退職直後の3月下旬に、在任中に入手した警察情報が印字された複数の内部文書(生活安全部人身安全・少年課が捜査した霧島署員による被疑事件の処理経過を印字した書面)を第三者に郵送して閲読させ、秘密を漏らした国家公務員法(守秘義務)違反を理由に逮捕しました。

内部告発の目的・動機による情報漏えい

前生活安全部長は、2024年6月5日の勾留理由開示手続の際に、以下のように意見陳述したと報じられています(2024年6月6日付け南日本新聞Web)。

容疑者はまず意見陳述で、トイレに侵入して女性を盗撮したとして逮捕、起訴された巡査部長の事件について言及。枕崎署の捜査車両を使った疑いがあったにもかかわらず、●●本部長が「最後のチャンスをやろう」「泳がせよう」などと言い、本部長の印鑑を捜査指揮簿に押さなかったと主張した。「県民の安全より自己保身を図る組織に絶望した」と話した。

裁判官が述べた容疑内容については、市民の情報をまとめた「巡回連絡簿」を悪用した疑いのある事案が明るみに出ず「不都合な真実を隠蔽しようとする姿勢にさらに失望した」と明かした。南日本新聞の取材では、2023年に男性警察官が、県内の女性に対して携帯電話で性的な内容を含むメッセージを送った可能性がある。

https://373news.com/_news/storyid/195985/

前生活安全部長は本部長の捜査指揮について意見陳述していますが、別の報道によると、第三者に漏えいした文書には前刑事部長の名が記されていたようです。

また、「巡回連絡簿を悪用した疑いのある事案」についても、「2023年に男性警察官が、市民の情報をまとめた「巡回連絡簿」を使い、県内の女性に携帯電話で性的な内容を含むメッセージを送った可能性がある」と報じられています

一連の報道内容からは、前生活安全部長は、巡査部長がトイレに侵入して女性を盗撮した案件についての本部長の捜査指揮の内容と、巡回連絡簿を悪用した疑いのある事案を隠蔽しようとする姿勢について内部告発しようとする動機・目的が伺えます。

内部告発は守秘義務違反になるか?

前生活安全部長は、国家公務員法違反(守秘義務違反)で逮捕されました。

今回のような内部告発する動機・目的がある場合でも守秘義務違反になるのでしょうか。

過去の裁判例を分析すると、内部告発・内部通報の場合には守秘義務違反にならないとする裁判例と、内部告発・内部通報の場合でも守秘義務違反になるとする裁判例に分かれます。

以前にもブログで取り上げたことがありますが、あらためて整理します。

守秘義務違反にならないとした裁判例〜協業組合ユニカラー事件(鹿児島地裁1991年5月31日)

休日の組合事務所内で他人の机の中を調べるなど捜索し、その際発見したメモのコピー1枚を脱税の証拠物件として税務当局へ提供した組合の従業員らを、組合が秘密漏洩などを理由に懲戒解雇したところ、懲戒解雇事由の存在が争われたケースです。

裁判所は、

  • 懲戒解雇の対象となる秘密漏洩の「秘密」とは、企業の存立にかかわる重要な社内機密や開発技術等の企業秘密を対象としていると限定解釈
  • メモ1枚のみで、「職務上知り得た会社の重要な秘密」として懲戒解雇の対象になるほどの法的保護を受けるとは考え難い
  • 脱税等を目的とした不正な経理操作の存在を一応推測させるもので、結局被告は当該年度の所得につき修正申告を余儀なくされている

として、懲戒解雇事由としての秘密漏洩には該当しない、と判断しました。

脱税の証拠物件としてメモ1枚を税務当局に提供し、結局、修正申告する結果に至っている点で、内部告発者を保護する必要性があるとの裁判所の価値判断があったと推察できます。

今回の前生活安全部長は、複数の内部文書を第三者に郵送している点で、この裁判例とは前提が異なります。

仮に、郵送先が、捜査機関である検察庁、各都道府県警を指揮監督する警察庁、警察庁を管理する国家公安委員会であれば、この裁判例と同じ考え方ができたかもしれません。

内部告発・内部通報の場合でも守秘義務違反になるとした裁判例〜田中千代学園事件(東京地判2011年1月28日)

多くの裁判例は、内部告発・内部通報の場合でも守秘義務違反になることは認めています。

その上で、守秘義務違反を理由とした懲戒処分をする場合には、懲戒事由に該当することを認めつつ、懲戒処分としての有効性を別に判断しています(刑事責任が問われた裁判例は見当たりません)。

学校法人田中千代学園事務局総務部総務課長が週刊誌に内部告発したことを理由に懲戒解雇されたケースでは、

  1. 内部告発事実(根幹的部分)が真実ないしは真実と信ずるにつき相当の理由があるか否か(真実ないし真実相当性)、
  2. その目的が公益性を有している否か(目的の公益性)、
  3. 労働者が企業内で不正行為の是正に努力したものの改善されないなど手段・態様が目的達成のために必要かつ相当なものであるか否か(手段・態様の相当性

の3要素を総合考慮して、内部告発が正当であると認められる場合には、その違法性は阻却され、これを理由とする懲戒解雇は「客観的に合理的な理由」を欠くことになる、と判断しました。

3要件ではなく3要素なので、3つすべてを充たす必要性はありません。

田中千代学園事件は懲戒解雇の有効性が争点となったケースで、今回の前生活安全部長と異なり刑事責任が問われたわけではありません。

しかし、田中千代学園事件は、3要素を総合考慮したら内部告発が正当であり、違法性が阻却される、と判断しました。

前生活安全部長のケースでも、真実ないし真実相当性、目的の公益性、手段・態様の相当性といった上記3要素を争点にして、国家公務員法違反(守秘義務違反)の違法性も阻却されると主張することはできるのではないでしょうか。

ただし、田中千代学園事件は、手段・態様の相当性を認めるに当たっては、「労働者が企業内で不正行為の是正に努力したものの改善されないなど」という前提に言及しています。

手段・態様の相当性が認められるためのハードルは高そうです。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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