こんにちは。弁護士の浅見隆行です。
2024年4月17日、ウエルシアHDの社長(当時)が、代表取締役社長及び取締役からの辞任勧告を受けて辞任しました(下記開示)。
開示資料によると、辞任の理由は「私生活において不適切な行為があり、弊社(ウエルシアHD)の信用を傷つけると判断したため」とあります。
「不適切な行為」の内容について、週刊新潮の報道では、取引先に勤める女性との不倫が原因であることと報じられています。
先日は、東都大学野球連盟の理事長(当時)が野球部員の保護者との不倫疑惑を理由に辞任することになりました。
こうした事例が相次ぐと、「不倫というプライベートなできごとでも役員は辞任しなければならないのか?」という素朴な疑問も思い浮かびます。
絶対的に正しい答えはありませんが、今回は、この疑問に対する一つの考え方を示します。
純粋にプライベートな事情と言えるか?
そもそも「不倫だからプライベート」と位置づけることは短絡すぎます。
例えば、不倫に限らず業務外の事情に関して、代表取締役社長ら役員が会社の経費を私的に流用していれば、それは業務上横領です。
以前取り上げたタムロンの社長(当時)のケースなどがあてはまります。
タムロンの社長が辞任したのは、社長(当時)が少なくとも過去5年間、月に複数回にわたり第三者女性が関与する特定の飲食店において飲食し、当該費用を会社に負担させていた業務上横領が原因です。
ウエルシアHDの社長が不倫していた相手は、取引先に勤務する女性でした。
万が一、不倫があったことを理由に、取引先に何らか便宜を図っていることがあれば、業務上横領や特別背任になる場合もあり得ます。
なお、社長(当時)は、こうした業務上横領や特別背任を疑わせる事実の存在を否定しています。
しかし、今回のケースでは、会社が賃料を負担する社宅にて行っていたと報じられています。
そうなると、会社の施設で不倫という不適切な行為をしていたと言えるので、純粋にプライベートな事情とは言いがたくなります。
プライベートな事情であっても企業価値を低下させるなら・・
業務上横領や特別背任をした場合に比べると社宅で不倫したという事情だけなら、「社長を辞任するほどのことか?」「辞任を勧告するほどのことか?」という気もしないではありません。
しかし、上場会社の場合、ここでもう1つ考慮すべき要素があります。
それは、プライベートな事情であっても企業価値を低下させるのではないか?という要素です。
企業の社会的責任(CSR)、ESGのSの観点
上場していない会社、特に、創業社長や創業家がすべての株式を保有している会社なら、社長がプライベートで好きなことをしようが、それによって、取引先・お客さま、従業員が離れていくなどの結果はすべて自分に跳ね返ってくることですから、辞任するなり責任をとるにしても、その社長の一存であって構いません(残された従業員はかわいそうですが)。
しかし、上場会社の場合には、多数の投資家・株主が存在します。
投資家・株主から「この社長に任せていては企業価値を低下させる」と判断されるようなら、それは社長から辞任するなりして責任をとる必要があります。
たとえ上場していなくてもファンドなど多数の投資家や株主から出資を受けている会社も同様です。
では、投資家・株主がどのような要素を考慮して「企業価値が低下」するかを判断するかと言えば、今の時代なら、その要素の一つは、企業の社会的責任(CSR)、ESGのS(Social)です。
不倫は、文字どおり、「倫理」ではない(「不」)行動です。
不倫をしたとしても、それによって経営手腕が疑われるわけではありません。
しかし、投資家・株主からしたら、プライベートで倫理的ではない行動をする、自制が効かない社長や役員は、今後、オンの場面でも倫理的ではない行動をするのではないか、企業価値を低下させる行動をするのではないかとの疑念を抱きますし、心配になります。
そうだとすれば、投資家・株主の目線では、倫理的ではない行動をする社長や役員には「辞めて欲しい」との考えに至りやすくなります。
例えば、2021年2月3日に、医療ベンチャーであるメドレーの代表取締役社長(当時)が、文春オンラインで不倫を報じられたことをきっかけに辞任したケースでは、開示資料に「本日の文春オンラインにおける本人に関する一部報道に関して、株主の皆様、顧客の皆様、当社従業員やご家族、パートナー企業の皆様、そして社会の皆様からの信頼を著しく損なう行動に対して、本人より当社代表を辞任した上で信頼回復に努めたいという旨の申し出を受け、本日開催の取締役会にて、これを受理いたしました。」との辞任理由とともに、投資家に向けて「投資家の皆様に対してご心配及びご不安を抱かせるような事態を招いたことを、当社より深くお詫びいたします。」との謝罪文が記載されていました。
企業の社会的責任や投資家・株主の目線を強く意識した対応と言ってよいでしょう。
なお、従業員がプライベートでした不適切な行為について会社が懲戒処分など何らかの責任を取らせることができるかは、懲戒処分濫用法理を意識した対応が必要です。
詳しくは以前に記事にしましたので、そちらを参考にして下さい。
業態による違い
上場会社の社長や役員がしたプライベートな事情が企業価値を低下させるかどうかを判断するには、その会社の業態も影響します。
ウエルシアHDはドラッグストアですから、お客さまは一般消費者です。
そうなると、一般消費者の目線を意識して対応することが必要です。
一般消費者からすれば、ウエルシアにて買い物をしようと考えたとき、「そういえば、この会社の社長、不倫したんだったね」と頭をよぎる可能性があります。
ドラッグストアですから、女性の顧客も多いでしょう。
そうなると、極端に言えば、「不倫した社長がいる会社で買い物をするなんて気持ち悪い。買い物で使ったお金が役員報酬になって、それが不倫に使われるなんて嫌だ。他のドラッグストアに行こう」という発想になり、長い目で見たら、女性客が離れ、売上が下がっていく可能性もあります。
つまり、企業価値が低下していくということです。
そうだとすれば、こうしたB to C の業態の会社のトップは、不倫のような不適切な行為をしたときには、たとえそれがプライベートであっても企業価値を低下させる行為をしたと考えて、辞任することが相応しいと考えることができます。
反対に、B to B の業態の会社のトップの場合、プライベートで不適切な行為をしても、仕入先も販売先・提供先も企業ですから、一般消費者に比べると、「不倫した社長がいるから気持ち悪い。他の会社と取引しよう」との発想や行動にはなかなかなりにくいとも言えます。
そうなると、企業価値の低下は起きにくいかもしれません。
例えば、週刊文春2022年5月19日号にて、横浜ゴムの社長がパパ活疑惑を報じられたことがあります。
横浜ゴムは上場会社ですが、その後も社長は辞任することもなく、報道直後の2022年5月24日には日本自動車タイヤ協会の会長に就任し、また2024年3月28日付けで代表取締役会長兼CEOに就任しました。
取引先は法人であることに加え、横浜ゴムのタイヤを購入する一般消費者もタイヤの性能、品質、価格には関心があっても「不倫した社長がいるから、他のメーカーのタイヤにしよう」という発想や行動には繋がりにくいので、企業価値を低下させるとは言い切れないことも、社長からの辞任などに至らなかった要因である、と考えられます。
まとめ
「不倫したからコンプライアンス違反だ」と漠然と捉えるのではなく、何がどう悪いのかを分解して考えると、トップは辞任すべきなのか、辞任しなくてもよいなどの判断がしやすくなるように思います。