ENEOS HD社長が副社長らとの懇親の場で女性に抱きつき解任。2年連続の経営トップによる不適切行為に対するガバナンスの姿勢と危機管理広報での留意点。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

ENEOSホールディングス(ENEOS HD)は、2023年12月19日、代表取締役社長兼社長執行役員が、代表取締役副社長執行役員、常務執行役員の3名が参加した懇親の場で、酔った状態で女性に抱きつく不適切行為をしたとの内部通報があったことをきっかけに、社長を解任しました。

厳密には、代表取締役社長兼社長執行役員は、執行役員から解任され、辞任を勧告する取締役会決議を受けて取締役から辞任しました(取締役から解任するためには株主総会決議が必要)。

また、代表取締役副社長執行役員も辞任勧告決議を受けて辞任、常務執行役員は月額報酬30%カットを3か月と決議しました。

なお、取締役会長は月額報酬30%を6か月間自主的に返上し、辞任した副社長以外の副社長3人も月額報酬30%を3か月自主的に返上すると明らかにしています。

ENEOS HDは、2022年8月にも、当時の代表取締役会長が性加害を理由に辞任したばかりでした(このケースは、広報会議2022年12月号で記事を書きました)。

そのため、今回のENEOS HDのリリースにも「2 年連続で経営トップによる不適切行為がなされたことを重く受け止め」たことが、今回の社長らの処分理由として説明されています。

ENEOSホールディングスのガバナンスの姿勢

辞任を勧告した取締役会決議

リリースによると、今回の社長の不適切行為は内部通報がきっかけでした。

その後、監査等委員会主導で外部弁護士による調査を行い事実を確認し、執行役員からの解任し、取締役からの辞任を勧告する取締役会決議を行っています。

取締役相互の監視義務にもとづくガバナンスが機能したと言えるでしょう。

セイクレスト事件(第一審;大阪地判2013年12月26日、控訴審;大阪高判2015年5月21日、上告審;2016年2月25日(上告不受理))

取締役相互の監視義務の方法・程度については、代表取締役が使途に反する資金の流用、多額の約束手形の振出など会社の資金を不当に流出したことにより破産したセイクレスト事件で問題になったことがあります。

大阪高裁は、

  1. 取締役会による取締役の職務の執行の監督は、代表取締役又は業務執行取締役に対し、必要な報告や資料の提示等を求め、監査役や会計監査人等の意見を聴取するなどしながら、その適否を判断することによって実施されるものであり、内部統制システムを活用することによって行われるべきものである。
  2. 取締役会は、代表取締役又は業務執行取締役につき、不適任との結論に到達した場合には、当該代表取締役等を解職しなければならない
  3. 破産会社の代表取締役として不適格であることを示すものであることは明らかであるから,監査役として取締役の職務の執行を監査すべき立場にある控訴人としては,破産会社の取締役ら又は取締役会に対し,代表取締役から解職すべきである旨を助言又は勧告すべきであったということができる。

と判断しています。

取締役会は「代表取締役を解職しなければならない」と解職決議義務があるとまで言及している点が特徴的です。

最近の役員の不祥事に対するガバナンスの動向を見ていると、解職決議に留まらずに、取締役からの辞任を勧告する決議まで踏み込んでいるケースがあります。

記憶に新しいところでは、TOKAIホールディングスの代表取締役社長兼最高経営責任者(当時)が不適切な経費の使用を行っていたことが執行役員による内部通報により発覚したケースで、2022年9月15日に解職決議した後、取締役からの辞任を勧告する決議まで行い辞任させました。

企業ではありませんが、日大アメフト部の大麻事件でも、2023年11月23日に学長と副学長に辞任を勧告する理事会決議を行い、両名ともにこれを受け容れました。

今後、役員の不祥事についてはガバナンスの一環として辞任を勧告する取締役会決議まで行うことが一般化していくかもしれません。

危機管理広報で示した企業姿勢

ENEOS HDのリリースを見ると、「2年連続の経営トップによる不適切行為」と指摘した点も含め、厳しい企業姿勢を感じることができます。

主要部分を引用すると以下のとおりです。

当社は、昨年度に発生した当時の代表取締役会長 ●●氏(以下、「●●氏」といいます。)による不適切行為を踏まえ、本年 2 月 27 日の当社取締役会で人権尊重・コンプライアンス徹底に関する取り組みの更なる強化・再徹底を決議しております。その一環として、人材デュー・デリジェンスや役員向けハラスメント研修の実施、役員処分手続規則の制定等に取り組んでまいりました。これらの取り組みの陣頭指揮を執るべき立場にある◆◆氏の上述の不適切行為は到底容認しがたく、当社代表取締役社長 社長執行役員として相応しくないものと判断いたしました。なお、同氏に対しては、本年 4 月に導入したクローバック・マルス条項を適用し、月額報酬・賞与・株式報酬の一部返還・没収を実施することといたしました。また、本件の対応に要した弁護士費用を含む一切の費用については、会社に生じた損害として別途求償いたします。
また、■■氏(※常務執行役員)も、当該女性に対し、性別役割分担意識を窺わせるような不適切発言をしたことが認められました。さらに、同氏は懇親の場の事務局責任者でありながら、◆◆氏(※代表取締役社長・社長執行役員)による度を越した飲酒および不適切行為の発生という痛恨の事態を生ぜしめたことに対する結果責任があるものと判断いたしました。
◎◎氏(※代表取締役副社長執行役員)については、代表権を持って◆◆氏とともに当社グループの経営に当たり、かつ、当社コンプライアンス部門のトップとして、上述の人権尊重・コンプライアンスの取り組みを推進すべき立場であるにもかかわらず、同席した懇親の場において齊藤氏による不適切行為を生ぜしめたことに対する結果責任があるものと判断いたしました。

https://www.hd.eneos.co.jp/newsrelease/upload_pdf/20231219_01_01.pdf

引用した部分だけからも、ENEOS HDの「絶対に許さない」との強いメッセージと企業姿勢を感じることができます。

社長の女性に対する不適切な行為や常務執行役員の「性的役割分担意識を窺わせるような不適切な言動」は、現在の「ビジネスと人権」や「ジェンダー平等」のうねりの中では、特に厳しく見られます。

2022年4月に吉野家ホールディングスの執行役員兼吉野家の常務取締役が不適切な言動をしたケースでは、

ています。

最近の危機管理広報では、こうした新しい問題に対する企業姿勢を示すメッセージや自社の見解を入れることが求められる時代になっていることも理解しておく必要があります。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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