宝塚歌劇団の調査報告書と記者会見はなぜ炎上したのか? グループ・ガバナンスとしての危機管理であるとの自覚や、世の中の人たちが求めている声に応える意識が欠けていたのではないか。

こんにちは。弁護士の浅見隆行です。

2023年9月30日に宝塚歌劇団宙組所属の劇団員が死亡した件について、宝塚歌劇団は、11月14日に外部弁護士によって構成される調査チームの調査報告書を公表し、また木場理事長らによる記者会見を行いました。

調査チームが亡くなった劇団員に対するいじめ、ハラスメントは確認できなかったと判断したことに対しては遺族が反発し、また記者会見での言動には不誠実との批判が集まりました。SNSは炎上したと言っていいでしょう。

世の中の人たちの反響の結果、宝塚歌劇団を運営する阪急電鉄は、再調査する方針を固めた、と報じられています。

なぜ、調査チームによる事実認定と、理事長らによる記者会見は炎上してしまったのでしょうか。

宝塚歌劇団の調査報告書に感じたこと

調査チームは、

  • 亡くなった劇団員に対するいじめ、ハラスメントは確認できなかった
  • 亡くなった直前期に、客観的に精神障害を発病させるおそれのある強い心理的負荷に相当する程度の心理的負荷は否定できない

などと事実認定及び評価をしました。

調査報告書に記載されている事実認定及び評価の当否については、報告書の前提になった全容がわからないので、なんとも評価し難いです。

それでも、報告書に記載されている内容を見ると、調査チームは丁寧にヒアリングをしたように感じます。

強いて言うなら、亡くなった劇団員が、その顔にヘアアイロンを当ててしまったAを苦手としていたとの供述が得られているようなので(調査報告書2ページ)、なぜ苦手としていたのか、苦手意識が芽生えた要因や日頃の人間関係について、もう少し突っ込んでもよかったように思います。

また、宙組プロデューサーのメモなどとも齟齬が複数あることから、そこの要因についても、もう少し突っ込んでもよかったように思います。

宝塚歌劇団の件は別にして、一般論で言うと、ハラスメントやいじめとして問題になるケースでは、

  • 厳しく指導するタイプの上司・先輩、厳しい指導を受けいれがたい部下・後輩など、当該のパーソナリティ
  • 指導する側、指導される側の波長の違い(話し方、所作など)
  • 嫉妬、ストレスのはけ口(自分の抱えているストレスをぶつけているだけ)
  • 人として尊敬できるか、軽蔑しているか

など、お互いの内面・主観が問題になることが多々あります。

いじめる側の動機になっていたり、被害を受けたと主張する者の受け止め方に影響することが少なくありません。

宝塚歌劇団の調査報告書は、そのあたりのドロドロした部分が見えず、客観的事実だけに依りすぎているような印象を受けました。

「真相解明にはほど遠い」などと批判を浴びた原因は、そうしたところにもあるのではないでしょうか。

調査チームの中立性に問題はあったか~グループ・ガバナンス~

中立性に疑問を呈する声

調査報告書が発表された後、宝塚歌劇団の調査チームの弁護士が所属する法律事務所に、宝塚歌劇団を運営する阪急電鉄の持株会社である阪神阪急ホールディングスが8.25%の株式を保有する「エイチ・ツー・オー(H2O)リテイリング」の監査等委員である社外取締役が所属していたことが明らかになり、調査の中立性・信用性に疑義を呈する声が挙がりました。

これに対し、宝塚歌劇団は、以下の声明を出しています。

  • 「当団や阪急電鉄と関係のない弁護士事務所であり、かつ関西でもトップクラスの事務所であり、十分に信頼もおけることから、調査を依頼いたしました」
  • 「顧問契約はもとより、当団や阪急電鉄としてもいかなる関係もございません」
  • H2Oに関わる当該弁護士については「当団としても把握はしておりますが、同社は上場しており、当団や阪急電鉄とは独立した企業であり、かつ当該弁護士は同社の独立社外役員として独立した立場にある者です。さらに、当団は当該弁護士を外して調査することを依頼しており、同弁護士事務所からも調査報告書の検討・作成には当該弁護士は関与しておらず、法律事務所内でも情報遮断措置をとっていると聞いています」
2023年11月17日スポーツ報知

法律原則論と、グループ・ガバナンスの観点からの危機管理

宝塚歌劇団とH2Oリテイリングとの関係を図にすると、次のような関係です。

阪神阪急ホールディングスを頂点にすると、阪急電鉄は100%子会社であるのに対し、H2Oリテイリングは阪神電鉄を通じて保有する株式を併せて20.28%のグループ会社です(他のグループ会社も保有しているかもしれませんが)。

たしかに、宝塚歌劇団が言うように、H2Oリテイリングは上場し、阪急電鉄とは独立した企業ではあります。法律的には正しいです。

実際のところも、事務所内で情報や影響力を遮断するチャイニーズウォールが設けられ、宝塚歌劇団の調査チームにH2Oリテイリングの監査等委員である取締役からの影響力がなければ、調査の中立性には問題は起きにくいでしょう。

しかし、今は危機管理の場面です。

宝塚歌劇団という組織に対する世の中の人たちからの信頼・信用が失われている状況下で、その信頼を取り戻すことが急務な場面です。

宝塚歌劇団の伝統と存在感に照らすと、宝塚歌劇団・阪急電鉄だけでなく、阪神阪急ホールディングスがグループを挙げて全容解明に取り組んでいる姿勢を示し、グループ全体の信頼・信用を取り戻す必要に迫られていました。

特に、現在はグループ・ガバナンスが強く求められ、グループ会社で起きた問題も、親会社が積極的に関与して危機管理することが求められる時代です。上場会社ならなおさらです。

例えば、2023年4月28日には、ダイハツ工業で発生した側面衝突試験での不正問題については、親会社であるトヨタ自動車の豊田彰男会長がトップとしての車の安全の重要性に関するメッセージを発し、かつ、豊田会長と佐藤社長がYoutubeチャンネルのトヨタイムズで生配信まで行いました。

こうした時代なので、宝塚歌劇団と同じ阪神阪急ホールディングスのグループ会社であるH2Oリテイリングの監査等委員である取締役が所属している事務所が、外部調査チームを担当したときに、グループ全体では調査結果の中立性や信用性に疑問を呈する声が挙がるのはある意味当然です。

宝塚歌劇団だけの調査の中立性ではなく、阪神阪急ホールディングス全体を見て調査が中立的であることが求められる、との意識が乏しかったのかもしれません。

宝塚歌劇団の記者会見の時機と内容のズレ

11月14日の宝塚歌劇団による記者会見の主な内容は、産経新聞が詳細に報じています。

宝塚歌劇団の記者会見が炎上したのは、今回の会見の内容の拙さだけではないように思います。

というのも、今回の問題は、2023年1月10日付の週刊文春以後の特集連載が端緒でした。亡くなった劇団員については、2月1日付の週刊文春が取り上げていました。

そうだとすれば、劇団員が亡くなった直後に、お悔やみの言葉を表明するだけでなく、記者会見まで行い、事実関係の解明に向けた姿勢を示すべきでした。

少なくとも、この時点では、週刊文春に回答するまでの社内調査の内容に基づく説明や、遺族やファンに向けてメッセージを発する記者会見はできたはずです。また、詳細について外部調査チームによる調査を行うことを会見で説明してもよかったでしょう。

ところが、調査報告書が公表されるまで、然るべき時期に情報発信すると案内するのみで、記者会見がありませんでした。

その間、週刊文春は、内部告発を含めて繰り返し取り上げていました。

世の中の人たちやマスメディアは、これらの記事を読んで先入観を持っていました。

そんな経過を経て、待ちに待って行われた記者会見です。

そうだとすると、記者会見では、これらの記事に取り上げられている事実の真偽だけでなく、9月30日以後の内部告発の内容についても言及し、さらには、この件に限らず、宝塚歌劇団としての伝統故の体質や組織風土についても正面から答えること求められていました。

調査報告書の内容が、内部告発とされるものと食い違いが大きければ、当然に信用性に疑義が生じます。

しかも、ジャニーズ事務所の問題が世の中で話題になった直後であったため、中で起きた問題にどれだけ厳しく対応することができるのかという宝塚歌劇団のコンプライアンスやガバナンスに対する意識の高さ(低さ)も、世の中の人たちやメディアの関心事ではありました。

ところが、記者会見では、世の中の人たちやメディアが求めているものに応えるものではなかったこともあり、炎上してしまったのです。

アサミ経営法律事務所 代表弁護士。 1975年東京生まれ。早稲田実業、早稲田大学卒業後、2000年弁護士登録。 企業危機管理、危機管理広報、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、情報セキュリティを中心に企業法務に取り組む。 著書に「危機管理広報の基本と実践」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」。 現在、月刊広報会議に「リスク広報最前線」、日経ヒューマンキャピタルオンラインに「第三者調査報告書から読み解くコンプライアンス この会社はどこで誤ったのか」、日経ビジネスに「この会社はどこで誤ったのか」を連載中。
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